無 限 未 来



 さらさらと微かに耳を震わせる音。
 遠のいていた意識がすぅっと引き戻されるような感覚の後、睫が揺れてゆっくりとゆっくりと瞼が持ち上がる。
 瞬きを数度繰り返して少しずつ闇になれた視界の先、上下する自分を包み込む暖かい肌に無意識に零れる笑み。
「三蔵…」
 囁いて、胸に広がる幸福感をかみ締める。
 大切な人に出会えた喜び、愛すること、愛されること、名を呼べること。
 全部、全部、三蔵が教えてくれた。与えてくれた。
「ありがとう、三蔵」
 そして、静かに悟空は三蔵の腕から抜け出し、彼の法衣に袖を通すと窓辺へ向かった。カーテンを少し開けると、外は一面に広がる銀世界。
 揺りかごのような三日月が地上に蒼い光を注いで、音もなく雪は降り続いていた。
 不思議な気持ちだった。
 あんなに怖いと思っていた雪景色が、いまは素直に美しいと思える。風に揺らめいて天から舞い落ちる白い綿雪を飽くことなく見つめ、悟空はその顔に微かな笑みを浮かべていた。
 世界はこんなにも美しい。
 あの岩牢にいたら、けして気づかないこと。
「全部、三蔵のおかげ…」
 彼の手が、止まっていた自分の時間を動かしてくれた。世界が広いことを教えてくれた。
 そっと窓ガラスに手をついてみる。ひやりと冷たいその感触に、笑みを深めながら。心はとても温かいと感じた。
「明日、積もるかな…」
 一面の銀世界を見て、三蔵は何と言うだろう。
 出発が出来ないとボヤくだろうか。外に行こう、雪合戦しよう。などと言えば、
「ハリセンかも」
 絶対だ。煙草を咥え、眉間にしわを寄せ「寝言は寝て言え」と、きっと言われる。
「やっぱ、悟浄かなぁ」
 負けず嫌いの男だから、ムキになって追いかけるに違いない。楽しい想像にくふっと笑いを漏らした悟空の背後で、
「河童がどうした」
「えっ?」
 少し不機嫌なテノールに驚いて振り返ると、
「三蔵…」
 横向きに寝転び肘をついて頭を乗せ、ベッドからこちらを眺めていた三蔵と目が合った。
「何してる」
「うんと、雪見。三蔵も見に来る?」
 と、首をかしげる悟空に、
「お前が法衣(それ)を着てるのにか」
 呆れたように返事をすれば、
「あ、そうだった」
 悟空はえへへと鼻を掻いた。
「寒むいだろ、さっさと戻って来い」
 そう言って三蔵がぽふんと布団をたたけば、「うん」と嬉しそうに窓辺を離れた悟空は、ベッドの脇でするりと法衣を落とした。とたんに、冷気が悟空の肌を包む。
「さむ…」
「来い」
 招き入れられた三蔵の腕の中で、奪われた熱が戻ってくる。
「あったかいね、三蔵」
 素肌の温もりに、悟空が安堵の吐息を漏らす。
「あんな薄着でいつまで居たんだお前は」
「へへへ、ごめん」
 冷たくなってしまった深茶の髪を三蔵の大きな手がゆっくりと撫でていく。
「雪…―――すごく綺麗だよな」
 ぽつりと零した言葉を、三蔵は黙って聴いていた。
「あんなに怖いって思ってたのに、不思議…―――全部、三蔵のおかげだよ」
 ありがと。と、目の前の三蔵の素肌にチュっと口付けを贈った。
「俺のせいじゃない」
「え?」
 その静かな口調に、三蔵の腕の中から悟空が顔を上げた。
「俺だけのせいじゃない。お前が…勇気がお前の世界を変えたんだ」
「勇気…」
 頷いて三蔵の紫暗が悟空を見下ろす。
「あの日、雪の中に一歩を踏み出したお前の勇気が、世界を変えた。あの時の気持ちを忘れなければ、お前の時間は止まることはない。前だけを向いて、自分が信じた道を進めばいい」
「三蔵…」
「お前にはそれが出来る」
「出来る、かな」
 そう言って揺れた金瞳を見つめ、
「出来るさ…お前は俺の、パートナーだからな」
 悟空の額を飾る金鈷に口付け三蔵は小さく笑った。
「ありがとう三蔵……俺、がんばるよ」
「ああ」
 輝く笑顔に三蔵も目を細め、それから眠りを促すようにその身を抱き寄せた。
「三蔵…」
 眠りの淵をゆっくりと降りていく悟空が細く言葉を紡ぐ。
「俺は、さんぞ…パート、ナー…だから…離れちゃ…ダメ…なん、だ…よ…な」
「悟空?」
 その幸せそうな寝顔に、
「離すつもりは、さらさら無えよ」
 小さく囁き口唇に口付けて瞳を閉じた。



 翌朝、一晩降り続いた雪に進路を絶たれた一行は、
「のんびりしますねえ」
 と言う八戒の言葉通りに、久しぶりに身体の力を抜いた。
「のんびりだけどよぉ、外の寒さは何とかなんねえのかよ」
「お爺さん発言ですよ悟浄。三蔵と悟空を見習った方がいいんじゃないですか」
「あ?二人はどうしたんだよ」
「散歩に行きましたよ二人で」
「散歩ぉ〜嘘だろおい、あの三蔵がか」
 一度咥えた煙草を落とすほど驚いた悟浄に、
「何があったんですかねえ」
 のんきに呟いて、八戒は湯飲みを持ち上げた。



「悟空」
「何?三蔵」
「煙草が切れた」
「あ、じゃあ買ってくるよ」
「いや、お前も一緒に行くか?」
「……うんっ!」
 陽の光を弾いた雪道を二人並んでゆっくりと歩いた。

「この天気なら、すぐ出発できそうだな」
「ああ」
「なあ、肉まん買ってもいい?」
「朝飯、たらふく喰っただろ」
「えー、いいじゃん!なっ」
「好きにしろ」
「おうっ!」 

 普段と変わらない言葉を交わしながら。
 これからも、二人で――――ゆっくりとゆっくりと、歩いていこう。



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新年おめでとうございます。
昨年の遅刻グセが一向に直らない花淋でございます。
今年は、一つでも多く皆さんに作品をお届けできるようにがんばってまいります。
本年もよろしくお願い申しあげます。
09/1/2 花淋拝

1/15配布終了 お持ち帰りいただいた皆様、ありがとうございました(ペコリ)

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