ずっと、ずっと知りたかった事。
 俺は貴方の力になってる?支えになってる?
 貴方を―――癒してあげられている?
 貴方はいま…幸せですか?


花 舞


 誰かに呼ばれたような気がして、悟空はゆっくりと目を開いた。
 そっと、そっと、隣に眠る愛しい人を起こさないように身を上げて、そして彼を見つめる。
 いつの時も自信に満ちている紫暗の瞳を瞼の内側に隠して、白皙の顔は少し疲れているようで、微かに寄せた眉根が彼らしいと言えなくも無いけれど、やっぱり心配だ。と悟空は思った。
(無理しないで…)
 声に出さずに呟いて、それから静かにベッドを降りた。
 窓のカーテンをほんの少し開けて、悟空は思わず息を呑んだ。
(咲いた…)
 それは庭に立つ一本の桜の古木。参道の桜はその盛りを終えようとしているのに、庭の古木だけは一向に花が開く気配も無くて随分と気をもんだけれど。
 悟空はそっと庭に出て桜を見上げた。
「よかった、咲いたんだ」
 枝がしなるほどたくさんの花をつけた大樹。
 胸いっぱいに桜の香りを吸い込んで、悟空はそっと瞳を閉じた。
 足の裏が触れる大地から、肌を撫でていく大気から生命の息吹を感じて、身体の奥から暖かくて懐かしい忘れてしまった何か…誰か…を思い出そうとする。
「ずっと…待ってたんだ」
 それが何に、誰に向けられた言葉なのか。
 無意識に発した言葉、そして悟空の指先が桜の幹に触れようとしたその瞬間。
「一人でどこへ行くつもりだ」
 背後から回った腕は桜からその身を奪い返すような勢いで、微かに怒気を含んだ三蔵の声音に、悟空は肩を震わせた。
「三蔵…」
「俺から離れて、一人でどこへ行くつもりだった」
「そんな事…」
 ある訳がない。とは続かなかった。振り返って三蔵の顔を見た途端に。
 いつの時も自信に満ちている紫暗の、その奥に潜む深い哀の色を見てしまった悟空は、そのまま何も言わずに震える指を三蔵の頬へ滑らせた。
「大丈夫だよ…俺が三蔵から離れる訳ないじゃん」
 まだ分かんないのかよ。真っ直ぐに彼の瞳を見つめて微笑んで、けれど拗ねたように呟けば、三蔵の肩から力が抜けた。そしてゆっくりと背中に回る悟空の腕。広い胸に擦り寄って仄苦い香りを吸い込んでから、
「桜がね、やっと咲いたんだ」
 ぴったりと頬をくっつけたまま三蔵に告げた。
「本当に咲くかどうか心配だったから、嬉しくなって…綺麗だろ」
 言いながらも悟空は回した腕を緩める事無く、瞳を閉じたままじっと彼の心音を聞いていた。
「今年も、三蔵と一緒に見られて…よかった」
 その瞬間、固く抱きしめられた。
 満開の桜の下、朝日に作られた影は長い間一つのままでいた。



◇   ◇   ◇



「呼ばれた気がした…」
 悟空を抱きしめたまま、三蔵がポツリと漏らした。
「呼ばれた気がして、目が覚めた。だが、隣にお前が居なくて、呼ばれたのが俺ではないと分かった」
 そして見つけた悟空は、桜に向かって腕を伸ばしていた。
「連れて行かれるかと…思った」
「三蔵…」
 そんな風に自分をさらけ出してくれる事が、凄く嬉しかった。出会った頃から頼っていたのは悟空の方で、支えてもらう事はあっても三蔵を支えるなんて無理だと思っていたから。
 だから、苦しいくらいの束縛がとても嬉しい。
「行かない…どこへも行かないよ。ずっと三蔵のそばに居る」
「…なら誓え」
「え?」
「どこへも行かないと、俺に誓え」
「三蔵…」
 ああ、三蔵も不安だったんだね。何故だろう、心が満たされいく。
「誓うよ…ずっと、ずっと三蔵のそばに居る。絶対に三蔵の手を離さない―――貴方に…誓います」
「悟空」
「三蔵」
 誰が離れると言うのだろう。
 こんなにも貴方が必要で、貴方以外には何も要らなくて、貴方こそが自分にとって全てだと言うのに。
「不安だったんだ…俺は、三蔵の役に立ってるのかなって」
 悟空の言葉に三蔵は何も言わなかった。少しだけ抱きしめる腕が強くなったけれど。
「いつもいつも支えてもらってるのは俺の方で、拾われた頃から三蔵には迷惑ばっかり掛けてたから」
 悟空はその頬を三蔵の胸に摺り寄せた。
 旅が終わって三蔵と新しい生活を始めて一生懸命努力した。家事を覚え、自分なりの仕事を見つけて三蔵を支え、自分なりに三蔵が興したこの寺を守ってきた。
 それでも、不安はなかなか消えてはくれなくて…
「でも、三蔵が俺に見せてくれた不安が…怒るかもしれないけど、俺には嬉しかった」
 ごめんな。
 告げて悟空は三蔵の背中に回した腕に力を込めた。
 それから暫くの間二人はただじっと、一つの命のように互いを抱きしめあっていた。


「―――…お前が居なかったら…今ここに、俺は居ない」
「…三蔵?」
 静かな告白は、悟空が初めて聞く三蔵の心だった。
「お前と出会って、生きることの意味を知った。お前と出会って、誰かと手を取り合うことを教わった」
 見上げた悟空と見下ろす三蔵。
「お前が居たから、俺は強くなれた。自分が抱えていた半分を、お前に預けることが出来た」
「三蔵…」
 穏やかな笑みが悟空を見つめる。今なら聞けるだろうか、悟空はこくりと喉を鳴らした。
「三蔵…俺ずっと、三蔵に聞きたかった事があるんだ」
 微かに震える声が、潤んだ金瞳がとても愛しくて、三蔵の紫暗がすっと細くなった。
「俺…今すっごくすっごく幸せなんだ」
「ああ」
 三蔵はゆっくりと頷く。
「三蔵、は?―――…三蔵は幸せなのかな?」
 僅かな沈黙の後、悟空の言葉に三蔵は視線を逸らさず、
「ああ、悟空…いま、お前がここに在る―――こんなに、幸福せなことは無い」
 その顔が、声が、真実を悟空に告げていた。

―――こんなに、幸福せなことは無い

「さんぞぉ…」
「俺は、幸福せだ」
「さん…ぉ」
 溢れる涙は悟空から言葉を奪ってしまったけれど、三蔵は了と応えるように悟空の額に口唇を押し付けた。
 止まらない涙を何度も拭って、俯いた悟空の顔を上げさせて。
 
 口付けは。
 満開の桜の下で交わされたその口付けは、厳かに清らかに、永遠の誓いのように。


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遅刻反省第1弾【悟空誕生日ss】
すでに旅が終わって、三蔵は悟空と一緒に新しいお寺に移っています。そこで初めて向かえる悟空の誕生日の朝。
えと、blogの「おはなのおはなし#1」とリンクしています。
freeの予定だったんだけど、今更…ねぇorz

とりあえず、こんな感じで上げ損ねた作品を一個ずつクリアしていこうと思っています(ぺこり)
08/9/1  花淋拝