Eternal road



 随分と、遠回りをしたのだけれど。
 気がつけば、それは意外と近くに在ったのだ――――



 日一日と寒さの度合いが増して、空に鉛色の雲が多くなり始めたころ。
 何となく取り巻く空気の色が違って、八戒は思いをめぐらせてから、ああそういえば。と、一人うなずいた。
 相方のそんな仕草に、愛煙を咥えながら長い足を窮屈そうに、ジープの後部座席にしまっていた悟浄は、「何?」とその横顔を見やった。
「ええ、もうすぐ三蔵の誕生日だなぁと…」
「あ?ああ、誕生日な」
 毎年、何日も前からそわそわする年下の仲間と、表向きは「誕生日なんぞ…」といった風の、その実(本人は気づかれていないと思っているようだが)仏頂面二割り増しの顔の下、期待に満ち溢れるわれ等が大将の姿を思い出し、
「今年も惚気を聞かされんのかねぇ」
 と、少々胸焼け気味にぽかりと悟浄は紫煙を吐き出した。
「順調に行けば、次の町あたりに止まれますから…」
「んじゃ、ま、盛大に祝うとしますか」
 車のそばでハリセンを炸裂させるという過激なスキンシップを展開する、最高僧と養い子を眺めて苦く笑いあった。


「え?何も考えてないんですか?」
「うん」
 それは順調すぎるほどにその日の前日に辿り着いた町で、いつものように買出しに出かけた八戒と悟空の会話。
 「三蔵の誕生日」という、何よりも特別で大切な一日の計画を、今年に限っては何の相談にもやってこない悟空に八戒は一抹の不安を感じ、そして見事にその不安はそれは的中したのだ。
「今年はお祝いをしないんですか?」
「しない訳じゃないけど…三蔵って何が欲しいか分かんねえし、三蔵の気に入りそうなモン買えるほど金も持ってねえし…」
「でも、三蔵は悟空からのプレゼントなら、何でも喜んでくれるんじゃないですか?」
「それなんだよ」
 悟空のその返事の意味が分からず、八戒は思わず首をかしげた。
「三蔵はさ、毎年、俺があげるモンはちゃんと貰ってくれるんだ」
「それなら…」
「でも、それはその…俺があげるから、三蔵は受け取ってくれるんだと思うんだ」
(悟空からのプレゼントなら、三蔵は道端の小石だって受け取るでしょう)とは、心の中だけで呟いて、八戒も頷いた。
「三蔵が本当に喜んでくれるプレゼントって、何だろうって考えてたら…」
「あっという間に明日になって、何も用意できなかった。という訳ですね」
「…そ」
「のわりには、とても慌ててるようには見えませんよ悟空」
「うん、まあ全然考えてない訳じゃないからさ、とりあえず今日は前祝いって事で美味いモン喰おうぜ八戒」
「はあ…」
 なんとなく納得がいかないように、けれど八戒は首を縦に振った。


「という訳なんです」
「ふ〜ん、猿の奴は何考えてんだかなぁ」
「ええ…」
「まさか、プレゼントは「俺♪」とか言うんじゃねえだろうな」
「それは今さらでしょう」
「だよなぁ」
 買出しから戻って同室の相方にいきさつを説明し、さてどうしたものか。と、頭をひねってはみたものの、よくよく考えてみれば自分たちが気にする事でもないのだから、
「まあ、三蔵のことは悟空に任せておきましょう」
 と、傍観者を決め込むという結論に達し、
「明日、出発出来んのかねぇ」
 悟浄の一言にも八戒は肩をすくめて見せるだけだった。


「三蔵、誕生日おめでとう!」
「明日だ」
「や、それはそうなんだけど…」
 ツーと言えばカー的な会話とともに始まった宴会は、大量のご馳走と大量の酒とで大盛り上がりとなり、周囲の目をよそに満足げに腹を抱える悟空。上機嫌の悟浄。一見顔色は変わらないが、常よりも饒舌な八戒。無表情だけれどいつになくその紫暗が柔らかな光をたたえた三蔵。
 それぞれがこの場を楽しんでいた。そして―――





「ぁん、さん…ぞ」
 張り詰めたつま先からゆっくりと力が抜けて、背中に回されていた腕がするりとシーツの上に投げ出された。
「さんぞう…」
「大丈夫か」
「ん、」
 汗で湿った前髪をかき上げ慰めのキスを送る。甘く滲んだ蜂蜜色の瞳がふっと緩んで、それからゆっくりと閉じていった。


 蜜夜。
 ちらちらと揺れるランプの明かりに映し出された穏やかな寝顔を、三蔵はじっと見つめていた。
 丸みの残る輪郭、大きな瞳、すべやかな肌。出逢った時から変わることのない真白の心。持ちうる全てのものが自分を惹きつけてやまない存在。
 飽くことなく見つめていたら、なんだか急に蜜色の瞳が見たくなって、そっと指先で瞼をなぞり頬を辿った。
「―――…さん、ぞ?」
 吐息のような呼びかけに、三蔵の口元が上がる。わずかに身じろいて自分がその腕の中にいるのだと分かると、
「ずっと、こうしててくれたの?」
 幼子のように甘えた声に、やはり三蔵は笑みを深くするだけで、つられたように悟空も笑った。
「三蔵…」
 先よりもはっきりした声で彼を呼んで、けれど悟空はそのまま三蔵を見つめているだけ。
「どうした?」
 静かで穏やかな声が悟空の耳を震わせる。悟空はゆっくりと瞬きを一つして、それから、
「誕生日プレゼント…俺、何あげていいか本当に分かんなかったんだ」
 悟空の言葉に三蔵は小さく頷いて先を促した。
「何か買えるほど金も持ってないしさ」
 だからな、と言って悟空は三蔵の腕から抜け出し、彼の正面に座りなおし真っ直ぐにその紫暗を見つめ、
「三蔵…―――生まれてきてくれて、ありがとう」
 その言葉に三蔵は思わず息を呑んだ。悟空の声は続く。
「俺の声を聞いてくれて、ありがとう。俺を見つけてくれて、ありがとう。俺を―――」
「もういい…」
「…三蔵」
 悟空の言葉を遮るように、三蔵はその身体ごと己の胸に押し付けた。
「俺は…誰に頼まれた訳でもない。俺の意思で、お前の声を聞いて、お前を見つけた」
「ぅん…」
「お前を連れ出したのも俺の意思だ」
「うん、三蔵は…俺にいろんなものをくれた。でも、俺はもう「俺」しか三蔵にあげるものがないんだ」
 けど、俺はもう三蔵のモンだから。と、恥ずかしそうに呟いて悟空は顔を上げ三蔵を見つめた。
「だから、ありがとうを贈ろうと思ったんだ」
 頬を染めたその顔は、純粋で清らかな美しい心を持った、己だけの無二の花。
「ありがとう三蔵。たくさん、いっぱい…ありがとう」
 いちばん、大好きだよ。そう言って悟空はついと伸びをすると、金糸に隠れた紅いチャクラにそっと口付けを送った。




 あの日を境に自分以外は誰も信じられなくて、自分はきっとこの先をたった一人で過ごすのだと思っていた。
 誰を愛することも、誰からも愛されることもなく、ただ目的を達するためだけの人生。
 悟空と出逢った時でさえ、この少年が自分にとってかけがえのない存在になるとは思いもしなかった。それが今、こんなにも自分の心を占めている。
 向けられる眼差しが、言葉が、自分を変えていく。
「離れられないのは…俺の方かもしれねえな」
 安らかな寝息を零す悟空の顔を、三蔵はずっと見つめていた。
 今夜はもう、眠れそうにない。
 満たされて、全身が至福に満たされて、三蔵は初めてこの世に生を受けたことを感謝した。


 三蔵に逢うために、俺はあそこに居たんだ―――
 いつか、悟空が自分に告げた言葉。

 そして、三蔵は思う。
 お前に逢うために、生まれてきた―――
 きっと、そうなのだ。
 腕の中の愛しい存在を抱きしめるために、自分は今、ここに在るのだ。

「お前の存在が、俺にとっての贈り物だ」
 そっと囁いて、三蔵は悟空の身体を優しく抱き寄せた。



copyright(c)karing/Reincarnation


夜ですねえ…orz
お待たせいたしました。本当に、随分と「嘘つきな花淋」になってしまいました。ホント、人生うまくいかないモンです。。。
これ以上は、ただの言い訳にしかならないので。
とりあえず、三蔵様おめでとう!と言うことで。
こちらは、本文のみフリーでございます。(著作権は花淋ですよ)
よろしければ、感想など寄せていただけると嬉しいです。
2008/11/30 花淋拝

配布は終了しました。お持ちいただいた皆様、ありがとうございます。

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