「やだよぉ〜その薬…ニガイ、んだもん」 「なら、勝手にしやがれ。俺は知らねえからな」 聞き分けのない子供に愛想を尽かし、振り返りもしないで部屋を後にする。閉めた扉の向こうから聞こえる乾いた音に、無理やり耳を塞いだ。はずだった… 止まらない咳。呼吸のたびにひゅうと鳴る喉。搾り出すような声。 何もかもが、その子供には似つかわしくなくて。 だから―――― 「悟空、この薬は苦くない…魔法のクスリ、だからな」 らしくないのは…百も承知。 魔法のクスリ 夢を見た。 まだ寺に居る時だ。拾った小猿が熱を出した事があった、『バカは風邪ひかねえ』が迷信だと確定された瞬間だ。 保守的な寺の中に在って、妖怪という烙印を押された悟空の面倒を進んで看ようなんて奴は一人も居ねえ。 そして、そんな奴らに悟空が懐くはずもなく、具合の悪さもあってひどく弱りきっていた。 あの時の俺は細い身体が日毎に痩せていくのを、どうする事も出来ずにただ途方に暮れていた。 鈍い身体を動かして半身を起こした。 頭が重いのは、多少発熱している所為かもしれない。それよりも忌々しいのは、この喉の痛みだ。 「同情の余地もありません。貴方の場合は、自業自得です」 八戒の野郎はそんな事をほざいて、煙草を取り上げやがった。 「声が出るようになるまで没収です。あ、悟空の事は心配いりませんよ、部屋には入れませんからね」 何が、「では、お大事に」だ、くそったれ…余計な事まで、覚えていやがって。 『猿はバカだが、すぐに伝染る』 いつだったか漏らした言葉。 猿が風邪をひけば看病は俺に廻ってくる。ただそれだけの事だ、それだけの… 相変わらず声は出そうにない。 サイドテーブルには八戒が置いていったのだろう、水と粉薬の包み。だが、飲む気にもならねえ。結局また布団を被って横になった。 少しは眠ったのかもしれない。耳に微かな音を感じて、意識が浮上した。眼を開ければ、ぼやけた先に宿屋の壁。 「さんぞ…」 背後に聞こえた声に、不覚にも肩が揺れ振り返れば、そこに小猿の沈んだ顔があった。 「さんぞぉ」 バカ野郎、何でここに居やがる。 身体を起こして怒鳴るために大きく息を吸い込んだ途端、 「ゴホッ…ぐ…っ」 刺す様な痛みに咳き込んで、それに慌てたのだろう悟空が抱きしめるように、俺の身体を支えた。 「三蔵、しっかりして!」 背中を撫でる手に、何とか呼吸を整えて、しかし怒る気も失せた。 「声…まだ、出ない?」 見りゃ解んだろ。 代わりに、眇めた視線をくれてやる。 「そっか…」 そう言って、悟空はさっきよりも沈んだ表情を浮かべ、 「薬飲んでないじゃん」 猿にしては目聡く、手付かずのそれを見つけた。 んなモン、面倒くせえ。 「ダメだよ、飲まなきゃ治んないじゃん」 ちょっと待て、こいつ何で俺の言うことが解るんだ。 だが、そんな事はお構いなしに薬の包みを開いた悟空は、あろう事かそれをコップの中に流し込む。 何してやがんだ、猿! 「この薬、苦いんだろ。俺が魔法の薬作ってやるよ」 余計な事するな! 「三蔵、コレなん〜だ?」 そう言って目の前に突き出したのは、何の変哲もない蜂蜜のビン。 それがどうした、バカ猿。 「なんだよ三蔵、覚えてないのかよ、魔法の薬の元だろコレ」 言われて、逡巡… 「三蔵が作ってくれたのは、綺麗な桃色だったけどな」 思い出した―――― 飯も喰わない、薬も飲まない、どうしようもない小猿。 勝手にしろと一度は突き放したが、耳にしたあの一言で気が変わった。 あの妖怪。このまま死んでくれれば、憂いの種が減るというもの。 真に、その通りですなぁ。 寺の片隅で交わされた会話。 自分が聞いていることも知らず、悟空を邪険にする心根まで腐った僧侶の言葉に、ふつふつと湧き上がった怒り。 誰が死なせるか。 そして、薬を飲ませるため考えあぐねた末に、 「魔法の薬だ。苦くねえし、すぐに効く」 水に溶いた薬の中へ、蜂蜜と少々の食紅。透き通った桃色の液体に、漸く悟空は手を伸ばした。 喉を通るほどよい甘み。 空にしたコップを渡すと、それをサイドテーブルに置いて、 「すぐ、良くなるよな」 固い顔のまま悟空が呟く。 当たり前だ、てめえと一緒にするな。 「…うん」 会話が成り立っている事に、何の違和感も感じなくなっていた。 「三蔵…」 俯いたまま名を呼んで、けれどそのまま。 ったく、世話のかかる… 目の前の濃茶の頭を引き寄せてやれば、胸元へ顔を埋めた。 「早く…声、聞きたい…よ」 震える肩が、ただ愛しい。 頬に手を沿え上向かせて、金瞳に溜まる涙を拭う。金鈷から僅かに覗く額に、口唇を押し付けた。 「さんぞぉ…」 瞼に、頬に、鼻先に、何度も口付け髪を梳く。少しして、 「さんぞ……ココ、は」 おずおずと指差した先は自分の口唇。 思わず苦笑いが出た。 そこは、治ったらな。 「ん…」 漸く悟空が、小さな笑みを浮かべた。 もう行け、八戒に見つかるなよ。 最後にもう一度だけ、額に口付けを贈る。 「うん、おやすみ三蔵」 ああ。 ドアに手を掛け振り返った悟空は、微かに微笑んで部屋を出て行った。 静かになった部屋で、空になったコップを手に取る。 魔法の薬。か…俺も大概、湧いてんな。 コップを戻し、また布団を被った。 すぐに良くなる。心の中で繰り返して、微睡みに身を委ねる。声が出るようなったら、真っ先に呼んでやるよ。 「おい、悟空」 だから―――― ちゃんと、笑えよ。 copyright(c)karing/Reincarnation2006 ビバ!39day☆ 今年は落とさずお届けです! お持ち帰り、サイトアップはご自由にどうぞ。よろしければ、ご感想を(ぺこり) 花淋拝
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