あれは…そう、ちょっとした悪戯 ————
 そのはずだった、自分の想いに気付くまでは…

2nd.Lesson




 玄奘三蔵法師はとても悩んでいた。
 たとえそれが傍目に見て、眉間の皺がいつも多く、言葉尻が普段から厳しくて、決め台詞に「煩い、死ね」と怒鳴り散らし、一体この人に機嫌の良い時があるのかと、僧徒の誰もが思っている程、常に極寒のオーラを纏っていても。
 それでも彼は今、とても悩んでいるのだ。


 清々しい朝の陽に、あまりにそぐわない濃密な空気。
「…きの、朝の…ん…」

 くちゅ…

「ぁふ…夜…の、ぶん…」

 ちゅ…

「今日…のか」
「んっ…そ…んん」

 くちゅ…ん

 すでに息が上がって、養い子は自力で立っている事も出来ない。腰を支えて漸く口唇を解放されれば、法衣を掴む手は力無い。
「さんぞぉ…」
 潤んだ金の瞳が、うっとりと三蔵を見上げた。
「満足したか」
 その途端、顔に朱が走り少年は頬を膨らませた。
「何だよ、その言い方」
「まんまだ」
「むー、三蔵が悪いんだぞ、いっつも早いし、遅いから」
 主語が欠落した会話からは、数分前の甘い空気は微塵も感じられない。これが二人の日常と言えば、それまでなのだが…
「るせー、俺はてめえと違って、仕事してんだ。大体、夜は仕方ないとしたって、朝はてめえが起きねえからじゃねえか」
 図星を指されて、少年は喉を詰まらせた。小さな唸りをあげて、三蔵を睨み上げる。しかしそれは、悪戯に彼を煽るような仕草でしかなかった。
 そして彼は、なけなしの理性を総動員して、小さく息を吐くと、ふくれっ面の養い子の頬に触れた。
「今日は、出来るだけ早く戻る」
 その一言で、少年の顔が花が咲いた様に綻ぶと、三蔵も僅かに目を細めた。そして、触れるだけの口付けを与えると、くしゃりと頭をひと撫でして、私室を後にした。


——— 三蔵
 呼ばれたような気がして、彼は筆を走らせていた手を休め、顔を上げた。
 黒檀の執務机の上には、書類の束が二つ。ちょうど同じくらいの量に見える。これならば、今日は本当に定時で上がれるだろうと思いながら、筆を置き法衣の袂から煙草を取り出すと、味わうように吸い込んだ。
 意識が仕事から離れると、途端に浮かぶのは、太陽のような少年の笑顔。
 単純で、思った事が直ぐ顔に出て、我がままで泣き虫。けれど、自分を一心に追いかけてくるあの金を、不快だと感じた事は無い。
「俺も、湧いてんな」
 そんな事を呟きながら煙草を揉み消すと、三蔵は再び筆をとって視線を戻した。 

「でな、今日はウサギの巣穴を見つけたんだ。ちっちゃいのが二匹いて、眼が丸くって真っ赤だった」
 二人で夕餉の膳を囲みながら、三蔵はただ黙って悟空の話を聞いていた。時折、小さな頷きや返事が返るだけの、一方的に見えるそれも二人にしてみれば、日常的な会話に過ぎない。悟空はそんな二人だけの時間を素直に、喜んでいた。が、それから暫くして事は起こった。
「三蔵、風呂入ろ」
 悟空の言葉に、三蔵は咥えていた煙草を、うっかり落としそうになり、かろうじで平静を保つとじっとりと悟空を睨みつけた。
「何考えてんだ、バカ猿。てめえ、いくつだ!」
「だって、三蔵この頃すごく疲れてるみたいじゃん。俺、背中流してやるから、一緒に風呂入ろ」
 それは、悟空なりの気遣いではあるが、今の三蔵にしてみれば二人で風呂に入るなど、蛇の生殺しに近かった。だが、これしきの事で引き下がる悟空では無い。法衣を掴み、思いつく限りの理由を口にして、風呂に入ろうと強請る。最後は半べそに近い眼を向けて、三蔵に懇願した。
「何だよ、三蔵やっぱ俺の事、嫌いなんだろ」
「何でそういう話になる、俺は風呂ぐらい、一人で入らせろと言っただけだ」
 潤んだ瞳は15歳という年齢に、似つかわしく無い程幼い。涙声で「さんぞぉ」と、呼ばれればもはや彼に、拒絶という逃げ道は無いのだ。それが自分の首を絞める結果となっても…





「へへ、さんぞー気持ちイイか?」
 背後のご機嫌な声を聞きながら、三蔵は気付かれないようにため息をついた。気を緩めると、眼が悟空を追いかけてしまう。風呂に入っているのだから、当然裸である。
 悟空と違って、自分はそれなりに歳を重ねてきた。仏道に帰依しているとはいえ、男としての欲望まで捨て去った訳ではない。まして、自分の背後に居る少年に、少なからず邪な想いを抱いているとなれば、自然と身体が熱くなるのは、抑えようもない。
「三蔵、気持ちイイ?」
「ああ…」
 諦めたように返事をしてやれば、自分の背を洗っていた手がふと止んだ。
「悟空?」
「よかった…この頃三蔵、俺の事見てくれないから、本当に嫌われたのかと、思ってたんだ」
 ああ、そうか…
 こいつは不安だったのか、だからあんなにも触れ合う事を、口付けを強請ってきたのだと思い知った。
 ドクンと何かが頭をもたげた。そしてそれは言葉として、三蔵の口から発せられた。
「悟空…俺が、好きか」
 答えはあっさりと返ってきた。
「うん、好きだよ」
 その一言に、三蔵は自分勝手な理由をつけて、悟空へ手を伸ばした。
「三蔵?」
「今度は、俺が洗ってやる」
 悟空の返事を待つ事無く、三蔵は少年を胡坐をかいた己の上へ座らせた。
「三蔵、いいよ俺…」
「遠慮するな」
「そうじゃなくて…ひゃぁ」
 頓狂な声を上げたのは、三蔵の手が直接悟空の身体に触れたからだ。
「さんぞっ、くすぐったい」
 困ったように身を捩る華奢な身体を、片腕で封じ込め三蔵は柔らかい肌へ、泡を滑らせていく。
「さん…っん」
 それは今までとは明らかに違う声。じわじわと這い上がってくる、名前も知らない感覚に、悟空は慌てた。
「さんぞ…離し…て…変、なんか…」
 三蔵は何も答えない。手は休むことなく、悟空の上半身を動き回っていた。荒くなる悟空の息遣いに、目を細めながら。
「んあっ」
 三蔵の手が胸の小さな蕾に触れた途端、悟空の口から甘い音色の声が漏れる。遠くで箍の外れる音がした。

「やっ…さんぞぉ…アッ…あぁ」
 指は小さな蕾を丹念に愛撫する。悟空を抱き寄せていた一方の腕は、彼が完全に脱力した事を確認すると、そろそろと下肢へ伸ばされた。
「あ、あぁん」
 内腿を撫で上げると、細い身体が跳ねる。三蔵は口元に笑みを張り付かせ、天を仰ぎ始めた悟空の幼い花芯に、ゆっくりと指を這わせた。
「ふぁ…ヤっ…だよぉ…」
 逃げを打つ身体を、花芯を握りこんで押さえる。そのまま緩慢な動作で、扱き出した。
「あっ…あっ……やぁ」
 上がる声をうっとりと聞きながら、三蔵は目の前の悟空の項へ舌を這わせ、そのまま柔らかい耳たぶを食んだ。
「うあ…ヤダ、さんぞ…コワ……ふぇ」
 唐突に声の質が変わった。自分の腕に添えられている悟空の手が微かに震え、浴室に響くのはしゃくりあげの声。
「悟空?」
「ヤダ…怖い…よぉ」
 身体を返して悟空の顔を覗き込めば、ぽろぽろと涙を零して三蔵の首にかじり付いた。そうまでされては、さすがの三蔵も早急過ぎたかと、思い直す。
「大丈夫だ…悟空」
 あやす様に背中を擦ってやる。暫くの間そうして、悟空の落ち着くのを待った。
「さんぞ…」
 膝の上に居る事で、悟空と三蔵の目線はほぼ同じ位置にあった。涙に濡れた金目が、紫暗を映す。
「何で…こんな事する…んだ」
「お前が、俺を好きだって言ったから」
 悟空は目を丸くした。
「俺が三蔵を好きだから、三蔵は俺にこんな事すんの?何で」
 三蔵は苦笑いを浮かべた。この時点で、好きという感情はまだ、悟空の一方通行だ。三蔵は気持ちを伝えていない、悟空の疑問は至極当然といえた。
 そして三蔵は、自分の心を伝えるつもりは無かった。悟空の言葉を聞くまでは…
「俺、三蔵の顔が見えなくて、怖かった」
 それは顔が見えていれば、良いという事だろうか。固まってしまった三蔵に、悟空は首を傾げる。やっとの思いで紡いだ言葉は、情欲に掠れていたと、三蔵は頭の片隅で感じていた。
「それは、続けてもいいって事だな」
 続けるって何を…悟空の問い掛けを封じる様に、深く口付け歯列を割って縮こまる舌を絡め摂った。貪るような激しい口付けは、悟空の思考を甘く溶かし身体の中に、新たな感覚を呼び起こす。
 角度を変えては交わされる口付けに、悟空の下肢がふるりと震えた。
「んふぁ…さんぞぉ…あつい」
 身体の変化を上手く言葉に出来ずに、悟空は三蔵に擦り寄った。
「感じてんだ…イイって事だよ」
「イイ?…ああん」
 三蔵の手が悟空の背中を撫で上げた。幼い性はそれすらも、快感として捉える。そしてゆっくりと指が、それに絡まった。
「さんぞっ」
 強張る身体を宥める様に、口付けの雨を降らせながら、悟空の手をそっと己の分身に導いた。
「俺も同じだ…悟空」
「同じ?…三蔵も、俺の事好きって事?三蔵も感じてるの?」
 その無邪気な問い掛けに、観念したように三蔵は笑った。どんなに飾りを付けたところで、この気持ちに名前は一つしかない。
 
 悟空が、愛しい ————

「ああ…そうだ」
 花が咲いた。黄金に輝く大輪の花。互いに顔を寄せ合い交わす口付けは、親愛ではなく、熱情のそれ。 三蔵は花芯に絡めた指を動かし始めた。
「あん…あァ…んっ…ああ、さんぞっ」
 快感を素直に受け入れ、漏らす声は一層の艶を含む。
「っ…ごく、う」
 それは三蔵も一緒だった。自身に添えられた手は、自分と同じ動きをする。健気な愛し子の手淫は、三蔵を甘ったるい気分にさせた。
「悟空…」
「さんぞぉ…あふ……あ、へん…アッ…なん…出そう…やぁ」
 首を振って耐えている少年を、更に追い上げる様に、乱暴とも思えるほど激しく扱き上げた。
「いいんだそれで、イケよ悟空…ほら」
 蜜の溢れる鈴口を、軽く引っ掻いてやれば、絹を裂くような嬌声と共に、悟空は自らを解き放った。
「あああっ、三蔵ぉ!」
「っつ…」
 後を追いかける様に三蔵が吐精したのは、絶頂の瞬間に悟空が三蔵のそれを、引っ掻いたからであった。
「さんぞう…好き、だよ」
 薄れていく意識の中で、悟空が最後に見たのは、美しい三蔵の笑顔だった。


 腕の中で安らかな寝息を紡ぐ愛し子。
 身体を清め同じ夜具に包まって、三蔵は飽きる事無く、その寝顔を見つめていた。
さんぞ…
 微かな寝言に、いつにない穏やかな笑みを向ける。薄く開いた口唇に、最後の口付けを与えて、目を閉じた。

 二人が明日の朝交わすのは、恋人としての最初のキス ————




あとがき

 なんてか、だんだん三蔵が、偽者になっていく…
 でも、なんて忍耐強い三蔵なんだろう、ありえない。キスからここまで来るのに、約五年かかった設定になってる。出て来ないけど、悟浄八戒ともすでに出会ってます。
 んでもって、次回でめでたく結ばれるんだけど、更にここから三年。設定としては西へ旅立つ頃です。そして、次回で完結「Last Lesson」。さてさて、どうなる事やら…

15/June 花淋拝