#001 突風 

「そういえば、旅に出る前も毎年、笹飾りつくりましたよね」
「お前らが、猿に余計なことばっかり教えやがるからな」
「ははは」 
 窓をはさんで中庭には、嬉々として短冊を笹に飾る悟空が、逗留している町の子供たちと笑い声をあげている。
「あの頃から、悟空の願い事はあまり変わらないみたいですけどねぇ」
「成長がねえだけだ」
 腹いっぱいの肉まん、春巻き、珍しい喰いモン。
 出会った頃から変わらない、悟空の願い事。
 笑顔も、唯一無二のこの人を恋い慕う心も、変わらない。きっと、これからも。
 旅に出る前まではいつもあった『三蔵とずっと一緒』という短冊が、その時から書かれなくなったのは、二人の絆が強くなったという事だ。
「そんなこと言って、僕らずいぶん悟空に助けられてるじゃないですか」
 苦笑いを浮かべた八戒の背後で、
「三蔵! 短冊書かねえ」
 窓の外から、悟空の元気な声がした。
「ガキと一緒にするな」
「ちぇっ、言うと思った」
「じゃあ、僕は参加させてもいますね、悟空」
「おう!」
 八戒はちょっと行ってきますと言って、部屋を出ていった。
 一人残った三蔵は、ふと片隅の近ごろ滅多に被らなくなった、金冠を収めた錦袋の中から一枚の短冊を取り出した。

――三蔵へ、俺を見つけてくれてありがとう

 拙い文字で書かれた短冊をしばし眺めて、
「見つけたんじゃない。お前が指名したんだろ」
 口の端を上げた。





#002 雲鏡

「しかし、思い出すたびに腹が立つな、あの村長」
「まぁ何というか、怯えの裏返しなのかもしれませんね」
「怯えの裏返し?」
 八戒と悟浄の会話に、悟空は首を傾げた。
「ええ、村長として村人を引っ張っていくためには、自分自身の恐怖を表には出せない。だから虚勢を張る、案外いい人なのかもしれませんよ」
「ふ〜ん、そうだったのかぁ」
 八戒の言葉に、なんの疑いも持たずに相槌を打つ悟空に、
「お前は、お人よしだけどな」
 と、悟浄が笑った。
「さて、そろそろ休みましょう。今日の運動もハードでしたからね」
「だな」
「冷えますから暖かくしてくださいね悟空、おやすみなさい」
「うん、おやすみ八戒、悟浄」
 そう言って悟空は、当然のように三蔵の隣へ横になる。
 三蔵もまた、当たり前のようにその体を引き寄せた。
「三蔵、これあったかいな。それに、いい匂いがする」
 昼間、村の少女から渡された織物は、柔らかい肌触りの温かみのある布地。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、目を閉じろ」
 三蔵は自分の胸元で、もぞもぞする胡桃色の頭を抱き込んだ。
「ん、おやすみ……さんぞ」
 舌足らずに呟いて、悟空は夢の世界へ旅立った。

「衝撃的な光景も、続けばそれが日常になるんだな」
 悟浄の疲れたような呟きに、返事をするように、夜空に一筋星が流れた。





#003 天葬

 悟浄に背負われてジープに戻ってきたら、三蔵から大目玉のハリセンを食らった。
「一人でウロチョロするなとあれほど言ってんだろ! てめえのその空っぽの頭に、ぶち込んどけこの大バカ猿が」
 目の前に、火花と紙吹雪が舞うほどの威力で、三蔵ならハリセンで人を殺せると思った。
「まあまあ三蔵、もうそれくらいにして。無事でよかったです悟空」
「ん、心配かけてごめん。八戒」
「いいんですよ。さあ、出発しましょう」
 涙目になりながら頭をさする俺の肩を優しく叩いて、八戒はエンジンをかけた。
 ジープん中は誰もしゃべらない。

――その魂は、ずっと俺の中にいる

 淀仁を通して、俺はそれを誰に伝えたかったのかな。
 でも、なんとなく分かる。俺のその言葉は、きっと届いてる。
 なぁ、届いてるよな。

「悟浄、前にこい」
 車を止めて河童と席を変わると、おかしな薬を飲まされた悟空は、幾分顔色は悪いが静かに眠っている。
 それでも、あの村を出発してから、ずっと「声」は俺を求めていた。
「さん、ぞ……」
「いいから、寝てろ」
 横抱きにして、その頭を少し強引に肩へ押し付けると、縋り付くように腕が回った。
 法衣を握る、成長した手。けれど、心はきっとあの時のまま……
「自分を信じろ……悟空」
 この魂を失わないためなら、俺はどんな犠牲も払うのだろう。
 そんな想いが、自分の中に確かに生まれていた。





#004 那托

――責任を取って、退席する

 いい口実だと思ったのは一瞬だった。
 勝手に部屋までついてきた二人連れは、我が物顔で居座り……
「よし、金蝉もう一杯いこうぜ」
 自分たちの周りには、幾多の酒瓶が転がっていた。
「捲簾、飲み過ぎないでくださいよ」
「お前ら……」
「そんな怖い顔すんなって、酒は楽しくだぜ金蝉」
 咥え煙草で、金蝉の肩を叩く捲簾は上機嫌だ。
 そんな時、
「金蝉……」
「なんだ」
「ん、眠い……」
 幼子が、目をこすりながら金蝉の髪をついと引いた。
「眠いなら、寝室へ行け」
「……う、ん」
 返事をしたのに、その子供は立ち去ることも、髪を離すこともしない。
 金蝉はため息を一つつくと、自分の膝を叩いた。
 その途端、幼子の顔が嬉しそうにほころぶ。
「おっ」
「おやおや」
 二人の客人のまえで、金蝉の膝に小さな頭がのる。
 金色の瞳が閉じると、すぐに安らいだ寝息が零れた。
 盃を持たない手が、ゆっくりと深い栗色の頭を撫でていく。
 目の前の二人は、その光景に声もなく笑った。
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