まだ暗いその道を、シャキシャキと音を立てながら進む二つの影。清んだ空気の中に、白い息が生まれて、融けて
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sunrise
「このまま進むと、新年は雪下ろしが吹く荒野になりますけど、先、急ぎますか?」
内容とは真逆の小春日和な笑顔で宣う隠れ厚顔な青年は、はなっから自分の意見など、聞くつもりは無いくせに、こういう時だけ「僕らは貴方の下僕ですから」と、決断を彼に迫る。
言われた方は、忌々しく眉間に皺を寄せ、しかしこう答えるしかないのだ。
「好きにしろ」
図体ばかりでかい子供と、子供子供した猿を黙らせるには、これが最良。
急ぐはずの旅は、再び新年を迎えようとしていた。
「八戒、ご来光って何?」
「ご来光ですか?」
「うん、さっき宿の庭で、おっさん達が話してたんだけど、ご来光を拝めば良い事があるって」
「まぁ、縁起ものではありますけどねぇ」
そう言って八戒は、二人分のお茶と数人分のおやつを用意して、話しはじめた。
「なんだ、早い話がご来光って、朝日の事?」
「まぁ、簡単に言ってしまえばそうです。ただ年が明けた最初の日の出を、ご来光として崇拝の対象にしている地域もありますからね」
「太陽に拝むの?」
好奇心の塊のような金瞳をくるくるさせて自分を見る悟空に、八戒は根気よく質問に答えていく。
「美しいものが=神聖と言うのは、昔から言われてますからね。例外もありますけど」
言葉に含まれる奥の奥の意味は、きっと悟空には伝わらない。
案の定、返事はごく普通の相槌だった。
「この辺だと、少し行った山へ登れば、見られるかもしれませんね」
「ホント?俺、見てみたい」
「起きられますか?夜が明ける前に、山へ登ってないとダメなんですよ」
悪戯っぽく笑う八戒の言葉に、うっと喉を詰まらせ悟空は、
「起きる。がんばって…」
少しだけ頼りない決意を宣言した。
「で、小猿ちゃんはもうお布団。って訳か」
囲んだテーブルには、空になった酒瓶と吸殻が山になった灰皿。外は爆竹の音が止む事無く、人々の喧騒と陽気な楽の音が響いている。
夜通し騒いで、新年を迎えるのはどの土地も同じ事。
「こんな喧しい中で寝てられんのかよ」
「さっき覗いてきましたけど、ぐっすりでしたよ」
「しかし物好きだなぁ、日の出なんか年中見れんだろって、アイツじゃ起きらんねぇか」
「貴方は得意でしたよね」
「……それキツイです、八戒さん」
そんな取り止めの無い会話を、新聞の影で聞きながら三蔵は短くなった煙草を、すし詰めの灰皿へ押し付け立ち上がった。
「お休みですか」
間髪を入れないその声に、返事をする事無く隣の部屋へ向かった。
「賭けないか?」
「三蔵が、明日起きるかどうかですか」
「そ!」
「無理ですよ。賭けになりません」
「あ、やっぱ」
「当たり前です」
「んじゃま、俺たちだけで、新しい年に乾杯といこうぜ」
残された二人、グラスをかちりと合わせた。
仄かに温かいその部屋は、外の騒がしさから隔離され、三蔵は足音を忍ばせて悟空の眠る枕元に近寄った。
光源を絞ったナイトランプに浮かぶ寝顔は、敵と対峙する時の鋭さを微塵も感じないほどに幼い。
起こさないようにベッドへ腰掛け、頬にかかる髪をそっと払った。
「起きられると思ってんのか」
囁いて、つんと頬をつついた。ぴくりとも動かず、規則正しい寝息を零す悟空を呆れたように見つめ、三蔵は小さく息を吐いて隣のベッドにもぐり込んだ。
「…起こさねぇからな」
誰に向けるとも無く呟いて目を閉じた。
「起きろバカ猿」
「うにゃ…さん、ぞ」
「置いてくぞ」
「ん、なに……あ、あーっご来光」
「喧しい」
ごつんと降ってきたのは三蔵の拳。ハリセンほど派手な音は無いが、これもかなり痛い。
「さっさと着替えろ」
「痛てえ…」
涙目で頭を擦りながら、のろのろと着替えを始めて気付いた。
「あれ、何で三蔵起きてんだ…それに服」
煙草をふかしながら自分の着替えを待つ三蔵は、いつもの法衣ではなく、薄いグレーのダウンを着ている。滅多に見ない彼の私服姿に、悟空は首を傾げた。
「あんな格好じゃ、目立つにきまってんだろ」
そう言われ、寝惚けた頭を回転させて考えた。
「そ、っか…新年だもんな」
年が明けた日に、三蔵法師の法衣を着てればどうなるか、悟空も十分承知している。
「え、それって…もしかして、一緒に…行って、くれるの?」
「ぐずぐずしてると、昇っちまうぞ」
扉へ向かうその後姿を、悟空は慌てて追いかけた。
「寒っ…」
日の出前の一番気温が下がる時間。外を歩くのは恐らく同じ目的の、三蔵にしてみれば物好き。
自分がその中の一人だと言う事は、けして認めないだろうが。
一言もしゃべらず歩みを進める三蔵の、半歩後ろを悟空が続いた。白い息を弾ませて、その顔はとても楽しそうだ。ご来光を見ることより、今の悟空にとって三蔵が、自分に付き合ってくれたと言う喜びの方が大きい事は明らか。
そして二人は凍った道を、その場所へ急いだ。
「間に合った…」
高台の、それを見るために作られたそこは、多くの人がその瞬間を待ち構えていた。
「すげ…人でいっぱい」
「行くぞ」
「三蔵?ちょっと!」
人の多さに困惑する悟空の腕を掴んで、三蔵はその場を離れる。
「三蔵、どこ行くんだよ!ご来光」
「黙って着いて来い」
一言で悟空を黙らせ、三蔵は林道の柵を越えて冬枯れの林へ踏み入った。あたりはうっすらと明るくなりだし、悟空はただ必死に三蔵の後を追った。
「さんぞ、どこまで…行く…」
それは唐突に、けれど、静かに幕を開けた。
なだらかな稜線の左側、きらりと光が生まれ、見る間に真白の珠玉を形作る。四方に伸びる光明は長く長く、世界を照らし出した。
悟空は声も無く、その光の芸術に魅入っていた。瞬きすらも惜しいのか、金瞳を大きく開いたままに。
三蔵はそっと後ろから悟空を抱きしめた。
瞳は真っ直ぐ前を見据えたままに、悟空は回された腕に頬を寄せる。
「あったかい…」
照らされた身体だけでなく心まで温かいのは、自分を包んでくれる人が居るから。
八戒からご来光の話を聞いて、見たいと思った。一緒に見たいと…
言い出せなかった悟空の気持ちを、三蔵はちゃんと理解していた。
俺、大切にされてるって思って、いいの…かな
怖くて聞けないけど、抱きしめてくれる腕は本物だから。
けれど三蔵は全てを見透かしたように、
「お前は大人しく、ここに納まってりゃいいんだよ…」
耳元に囁いた。
嬉しそうにこくりと頷いた悟空から、不意に温もりが離れた。
「三蔵?」
振り返れば三蔵はすでに来た道を戻りだしている。
「待ってよ三蔵!もう帰るのかよ」
「当たり前だ、昇っちまえばただの太陽だろ!俺は寒いんだよ」
足を止める事無く進む三蔵を、追いかけながら、
「えーっ、もうちょっと見てようよ」
と、非難めいた声を上げる。
「るせえな、そんなに見たきゃ、一人で残ってろ」
素っ気無い返事に、悟空は頬を膨らませた。
「何だよ寒い、寒いって、三蔵もう歳なんじゃねえの」
その聞き捨てならない台詞に、ピタリと三蔵の足が止まった。途端、悟空も自分の発言をマズイと感じたのか、その動きが止まる。
ゆっくりと悟空に向き直った三蔵は、だがその表情は怒ったそれではなく、固まった悟空を身体ごと自分に引き寄せた。
「なら、年取った俺を付き合わせたお前が、責任持ってあっためてくれるんだろうな」
「――っ!」
ぞくりとするテノールで言われ、悟空の背中を甘い痺れが駆け上がった。
真っ赤に染まる耳朶に口唇を寄せて、濡れた吐息を送り込む。耳の裏側へ音を立てて口付け、
「帰るぞ…」
と、囁けば、悟空は小さく頷いて三蔵のダウンの袖を握った。
早春の朝日を背に、伸びた二つの影はいつしか一つになって、未だ目覚めぬ町へ消えていった。
(C)03-05 karing/Reincarnation
テーマ「お正月の過し方」
最終的に二人は「寝正月」??
ちなみに私は初日の出、未だに見た事はないです。一度見に行ったけど、曇ってていつ昇ったのか分からないうちに終わってた。
そ、それでは…2005年が、皆様にとってハッピーな年となりますよう、お祈りいたします。
花淋拝
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