時々、彼の人の不器用な優しさが、顔を覗かせる…
 それは本人も、そして優しさを向けられている人物ですら、気付く事はないのだけれど 。
 その人の優しさは、不思議と僕らの心まで、温かくする。


冬のひまわり


 午後の日差しがいつに無く、温かく感じる。
 早足で訪れた冬の北風でさえ、あくびをしたくなる麗らかな、そんなとある日。庭先で洗濯物を干していた八戒の背後に、元気のいい声が響いた。
「八戒!おはよー!!」
「おはようございます、悟空。今日は早いですね」
 洗濯カゴを抱え、柔らかい笑みに三日月眉を下げながら、八戒は小さな訪問者を歓迎した。
「うん、三蔵と一緒に来た。中に居るよ」
「そうですか、じゃ、お茶でも煎れましょうね」
 二人が家の中へ消えると、冬にしては温かい風が、ふわりと洗濯物を撫でていった。

「いってらっしゃい、気をつけてな」
「…ああ」
 頭に手を置き、その胡桃色の柔らかい髪に口付けを贈る。
 三蔵が出掛ける時の、それは大切な二人の儀式。小さな身体の奥に、寂しさを押し込んで三蔵を見送る悟空を、八戒も黙って見守る。
「夕方には戻る」
「うん」
「分かりました。いってらっしゃい」
 振り返る事無く歩を進める三蔵の、その姿が見えなくなるまで見送って、悟空がリビングへ戻ってくると、八戒が巨大な布地を広げていた。
「八戒、何してんの」
「コレですか?虫干しをしようと思って、出したんです」
 生成り地に赤でまとめられた多角形な生地を縫い付けたモノ。
「キルトって言うんです。生地と生地の間に綿を薄く詰めて作るんですよ。去年、悟浄と僕のベッドカバーを作ったんです」
 二人分のベッドカバーを器用に丸めて、八戒は再び庭へと出て行く。その後を追った悟空は、
竿に吊るされたキルトをしげしげと眺めた。
「こうやってお日様に当てると、中の綿が膨らんで温かくなるんですよ。寒さが本格的になる前に、出来る準備はしておかないと」
「ふ〜ん…」
 幼さの残るその横顔を見て、八戒は呟くように言った。
「今年は、悟空のを作りましょうか?」
 驚いた表情の中に嬉しさを滲ませて、悟空は八戒を見上げた。
「い、いいの?」
「ええ、布も余ってますし。その代わり、僕の手伝いを少し、してくれますか」
「うん!」
 冬空に咲いた、それはひまわりのような輝く笑顔。


「でな、八戒が俺のも作ってくれるんだって!」
 約束どおり夕方迎えに来た三蔵と、寺院までの道のりを、嬉しそうに帰る。
 自分が居ない間の出来事を、とにかく何でも話したがる、三蔵は黙ってそれを聞いていた。自分が居ない時に悟空が何をしていたのか、三蔵自身が知りたいと思っているので、悟空の話を止めさせるような事はしない。
 そして、悟空も三蔵が自分の話を、聞いてくれているのを知っている。
「お日様を一杯浴びて、凄くあったかいんだ!おれ、スッゲー楽しみ」
 悟空の明るい笑顔を見ながら、忍び寄る冷気に追いかけられる様に、三蔵はその手を握り少しだけ足を速めた。


 町外れにある彼らの家のドアがノックされたのは、それから三日ほどしてからだった。
「めずらしいですね、三蔵一人ですか?」
 出迎えた八戒は、いつもの笑みを崩さずに、三蔵を迎えた。
「悟空には、聞かれたくない事ですか」
 リビングに通された途端の発言に、三蔵はいつもの仏頂面を二割増しにした。人当たりの良さそうなこの青年が、じつは大した厚顔だと気付いたのは随分前の事だ。
 三蔵は、咥えていた煙草を灰皿に押し付けると、おもむろに口を開いた。
「猿の言ってた、キルトのベッドカバーなんだが」
「…ああ、あれでしたらもう直ぐ、出来上がりますよ」
「そうか…」
「ええ、それがどうかしましたか?」
 歯切れの悪い返事の後、三蔵が話し出すまで、奇妙な間が空いて、
「……同じ物を、もう一枚作れるか?必要なら材料費は用意する」
 その言葉に、耳を疑った。
「もう一枚…って、もしかして貴方が使うんですか?」
「…他に誰が居んだ」
 無理に不機嫌な声を作っている様な三蔵の態度に、八戒は率直に何故。と、問うた。 
 聞かれる事は予想していたが、三蔵は渋面を露にし、だがここで理由を告げなければ八戒は、応とは言わない事も分かっている。観念して、ぽそりと呟いた。
「俺が同じモンを使ってりゃ、坊主どもは何も言わねえんだよ」
 逡巡の後、八戒はこの言葉少ない最高僧の、なんとも不器用な優しさを理解した。
 
 閉鎖的で異形を嫌う寺院と言う空間。良くも悪くも信心深い者の集団にあって、悟空の金晴眼は、受け入れがたい不浄なモノとして、忌み嫌われる。
 それが同じ屋根の下に存在し、あまつさえ生き神と崇められる、三蔵法師の庇護を受けているとあれば、もはや悟空は憎悪の対象でしかない。
 三蔵の手前、あからさまな敵意は見せないにしても、雑多な誹謗中傷は常となっている。
 だからこそ三蔵は、悟空と同じ物を自分にも作れと(モノを頼む態度では無いが…)、八戒に頼んでいるのだ。
 本人は決して認めようとはしないが、三蔵はその全てで悟空を守っていた。

「分かりました。少し時間をいただけますか?」
「ああ、いくらでも構わん」
 用は済んだとばかりに立ち上がった。
 玄関で後姿を見送りながら、
「二人分一緒に、持っていった方がいいですよね」
 投げ掛けられた八戒のその言葉に、含みを感じて三蔵は振り返る事無く歩みを進める。
 姿の消えた後、微かに残る煙草の香りに、八戒はくすりと笑みを零した。


 八戒が悟浄と共に三蔵の執務室に顔を見せたのは、乾いた風が吹く寒い日の事だった。
「こんにちは三蔵、悟空」
「八戒!悟浄も、どうしたんだ」
 笑顔の悟空とは反対に、三蔵は書類の束から一瞬だけ視線を外し、再び筆を動かし始めた。
「よ、チビ猿元気にしてたか」
「むー、チビってゆーな!エロ河童」
 もはや挨拶となっている言葉の応酬に、八戒も苦笑を浮かべ、
「悟浄それくらいでいいでしょう、早く悟空に渡してあげてください」
 やんわりと先を促した。
「しょうがねえな、ほらよお待ちかねのモンだぜ。開けてみ」
 巨大な包みをばふんと悟空へ渡した。
「あわわ、何これ?」
 よろよろとソファへ下ろすと、リボンへ手を掛ける前に三蔵へ向き直った。
「三蔵、開けていい?」
「…ああ」
 そんなやりとりに、訪問者の二人は、
『いい躾ですねえ…』
 一人は無音で、もう一人は声に出して呟いた。

 ガサガサと包みを開けていく悟空の瞳が、見る間に輝いていく。
「う…わぁ、キルトだ…スゲー!!俺の?八戒、これ俺の?」
「ええ、そうですよ。僕の手伝いをしてくれたお礼です、お日様をいっぱい当ててきましたから、暖かいですよ」
「ありがとう、八戒!でも、何で二枚あんの?」
 広げた一枚の下から現れた同じ物に、悟空は首を傾げた。
「それは三蔵のです」
「さんぞ…の?」
 驚いて三蔵を見れば、いつもと変わらぬ仏頂面で煙草を咥えていた。
「悟空一人だけじゃ、三蔵が拗ねてしまうと思って。悟空とお揃いなんですよ」
「そーそー、俺たち三人が持ってるのに、三蔵さまだけないと可哀想だもんなぁ」
 横槍を入れた途端、部屋に轟音が響き渡った。
「おわっ!」
 発射されたそれを器用に避ける悟浄の横で、八戒は悟空を伴って奥の寝室へ向かうと、それぞれのベッドへカバーを掛けていく。
 二枚とも地の生地は同じアイボリーで、悟空のものはパッチワークを薄いすみれ色の布を使っていた。かたや三蔵のものは、パッチワークも全てアイボリーの布でまとめられ、だがよく見ればそのデザインは、悟空のものと何一つ変わらない。
「お揃いだぁ…」
「気に入っていただけましたか?」
「うん。凄く…ありがとう、八戒」
「いいえ。こんなに喜んでもらって、僕も嬉しいですよ悟空」
 部屋中が春になったような笑顔に、八戒もにっこりと微笑むが、
「三蔵に見せなきゃ…三蔵!来て、早く早く!」
 ぱたぱたと彼の元へ駆けていく悟空の後姿を見ると、
「本当に…いい躾ですねえ」
 複雑な顔で、ぽつりと漏らした。

「三蔵!早く、こっち」
「んな、引っ張んな」
 嬉々とした悟空に、ズルズルと腕を引かれて寝室へ現れた三蔵は、
「世話をかけたな」
 八戒の横をすり抜ける時に、小声で呟いた。
「三蔵ほら、お揃いなんだよ」
「ああ」
 勢いよくベッドへダイブした悟空を呆れた様に見つめ、しかしその紫暗は終止穏やかで、二人の中に確かに存在する絆を、八戒は感じた。
「何か俺ら、忘れられてねえ?」
 いつの間にか背後に立っていた悟浄が、そっと八戒に耳打ちすると、それに同意する様に笑った。
「帰りましょうか」
「そだな」
 そう言って足音を忍ばせ、二人その場を後にした。


さんぞ、あったかいね

……

嬉しいね、三蔵

そんなに、嬉しいか

うん、三蔵とお揃いだから

あ?

三蔵と同じモノ持ってるから、それが嬉しい

そうか

八戒にお礼しなきゃ

そうだな…

 その人は、本当に不器用だけれど…
 誰よりも優しいと、少年は知っている。 


 そうして、桃源郷に最初の雪が降った朝、八戒と悟浄の元へ、極上の般若湯が届けられた。






テーマは「冬支度」です。きっと(おい)
スゴーく、テーマから外れてるように感じるのは、気のせいと言う事で。
だって、ほらコンセプトは「三空」だから…とほほ
キルトは自分で作った事が無いので、描写は目を瞑ってください(爆)


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