その日は、一年の内の一日でしかなかった。
 それ以上でも、それ以下でもなく…
 けれど、それを特別な日にしたのは ————


OneDAY


「八戒ぃ〜やっぱ、今日中には町に着かねえ?」
「すいません悟空、ジープもがんばってますが、やはり今日中には無理なようです」
 山道をひた走る車中に、落ち込んだ空気が漂う。後部座席から顔を覗かせていた悟空は、自分の中にあった微かな期待を打ち砕かれて、力なくシートに身を沈めた。
 悟空の落胆ぶりは推して知るべし。
 厳しい冬が訪れる前の、たった一日。けれど、その一日を悟空がどれほど大切にしているか、年上の仲間たちには痛いほど分かっている。それでも今回だけは、さすがの八戒にも、どうする事も出来なかった。
 そんな中、儚げな陽光が傾き始めた頃になって、三蔵は僅かに視線を空へ向けると、おもむろに口を開いた。
「八戒、これ以上は無理をするな。どこか身を寄せるとこを探すぞ」
 その驚くべき発言に、それが悟空や悟浄であれば笑って受け流す八戒ですら、目を丸くするほどの顔をした。
「いいんですか?三蔵」
 八戒の問う声は上ずっていたかもしれない。
「どうしたって今日中に町には着けねえんだ、構やしねえ」
「分かりました」
 それ以上の質問を無言で拒否する三蔵に、八戒はジープの速度を落として少しでも風を凌げる場所を探し始めた。
 暫くして風穴のような自然の窪みに身を寄せた四人は、一夜の暖を確保すべく冬枯れの林の中を薪拾いに出かけ、簡単な食事を済ませると、眠る前のひと時を思い思いに過ごしていた。

「八戒、お湯沸いてる?」
 悟空が小さなブリキ缶を持ってきたのは、それから少し経ってからの事。
「沸いてますよ。ココアでも作りましょうか?」
 読んでいた本から顔を上げて笑って見せると、悟空は首を横に振り、お茶を煎れると告げた。
「悟空が煎れるんですか?」
「うん…」
 はにかんだ様に頷いて、手を動かしていく。茶葉を入れたポットにお湯を注ぐと、あたりに甘い香りが漂いだした。
 匂いにつられて悟浄までもが、悟空の一挙一動を見つめる。ゆっくりと丁寧な動作で、一人分の紅茶をマグカップに注ぐと、無言で自分を見つめていた二人の仲間に悟空は笑顔を見せた。
「俺らにはねえの?」
 悟浄の言葉に、ほんのりと頬を染めると呟くような声で、悟空が詫びた。
「ごめん…これは三蔵のだから…」
 言われて漸く、二人の仲間は納得しその顔も自然と笑顔になる。
「なるほどな」
「そういう事ですか」
 その言葉に、更に悟空の顔が朱を濃くする。
「いいんですよ。じゃ僕らはコーヒーでも煎れましょうか、悟浄」
「そだな」
「ごめん、な」
 恥ずかしそうに顔を伏せてしまった悟空を、温かい気持ちで見つめ。冷めてしまいますよ。と、促せばこくりと頷いて、ほら穴の入り口で煙草をふかす三蔵の元へ向かった。
「愛されてんなぁ」
 そんな言葉と共に、可愛い弟を見る様に穏やかな悟浄の横顔に、八戒は目を細めて、それから二人分のお茶の用意を始めた。


「さんぞ…」
 岩壁を背もたれに、紫煙を吐く背後から戸惑いがちな声が掛かり、ふわりと香ったそれに、三蔵は振り返った。
 黙って近付いて来る少年を見下ろす。
 その手に持ったマグカップから漂う、甘い香りが仄かな湯気と共に三蔵の鼻腔を擽った。
「あのね…三蔵、誕生日…おめでとう」
 夜目にも分かるほど朱に染まった顔に、飛び切りの笑顔を乗せて、悟空は持っていたマグカップを差し出した。
「本当は、もっとちゃんとしたのプレゼントしたかったんだけど…」
 俺が煎れたんだよ。と、恥ずかしそうに続けた悟空の手から、三蔵は黙ってマグカップを受け取った。
 中身を一口飲んで、不安そうに見ている悟空へ、
「茘枝(れいし)、か」
 過去に味わったそれを思い出すように呟いた。
「うん…寺に居た頃、一度だけ三蔵に飲ませてもらった」
「ああ…」
 「三蔵法師」への貢物の中にあったそれを与えた時の、悟空の嬉しそうな顔が蘇ってきた。
「いつの間に買ったんだ」
「え、と…前の、町で」
「金はどうした」
「うんと…お使いのお駄賃、ちょっとずつ貯めてた」
 その告白には三蔵も微かに目を見張った。
 気まぐれに渡していた僅かばかりの駄賃で、悟空が買う物など、食い物以外にはあり得ないと思っていたからだ。
「あ、あの…おしく、ない?」
 最初の一口で止まってしまった三蔵を、不安そうに見つめる。
「…まずくはない」
 そう言うと、カップを口へ運んだ。
 決して、美味いとは言わない。否、言えないのだ。その事を分かっている悟空も、素直にホッとした表情を浮かべる。
「それね、疲れた時とか風邪の予防にも、なるんだってさ」
 明るさの戻った声に、三蔵もその口角を上げ、次いで悟空の手を取ると仲間の居る奥へと歩き出した。
 カップを片手に、ずんずんと進む三蔵。それに引きずられる様に悟空が続いた。
「八戒」
「お帰りなさい。どうしました」
「猿の煎れた紅茶は残ってるか?」
「悟空の?ええ、多分…有りますよね、悟空」
 戸惑った顔で立ち尽くしていた悟空は、八戒の言葉に小さく頷いた。
「猿に煎れてやれ」
「三蔵!それは三蔵の…」
 プレゼントなのに。と続く言葉は、その顔を見た途端に止まった。そこに在るのは、普段の厳しさを微塵も感じさせない、穏やかな紫暗。
「バカのクセに、すぐ風邪を引くんだ。お前も飲んどけ」
 それは不器用な三蔵の、悟空に対する精一杯のお返し。
 八戒は忍び笑いを漏らして、慣れた手つきで紅茶を煎れ、悟空に手渡した。
「はい悟空。熱いですから気をつけて」
「うん…」
 そっと口を付ける。
「甘い」
 嬉しそうに呟く悟空の頭を、三蔵の手がクシャリと撫でた。


 あの日、声に導かれて見つけた、小さな生き物は…
 一年の中のその日を、特別な日に変えた。
 虚ろに流れていた時間を、鮮やかに染め上げた金のヒカリ。

 自分の膝を枕に、幸せそうな寝息を零す愛し子を飽く事無く見つめ、三蔵は柔らかい胡桃色の髪を梳いた。
「バカ面…」
 
 忍び寄る冷気すら感じないほど、寄り添うぬくもりは三蔵を包み込んでいた。


うう、なんだか、まとまりきって無い様な…
三蔵さまご生誕というおめでたい日に免じて、見逃してください(脱兎)
ちなみに茘枝とはライチの事です。
ライチ紅茶、凄く甘い香りがするんです。って飲んだ事無いのかよ自分(汗)
花淋拝


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