君の隣、僕の傍



 たまには、こんな夜もあるよね。
 食いしん坊にかじられて、頭の欠けたお月様が雲に座って、俺たちを見てる。


 いつものように西を目指し、いつものように敵を蹴散らし、欠食児童の「腹減った」コールの中、今日の宿はちょっと変わっていた。
「書庫?」
「ええ、こちらのご主人が大変な勉強家らしくて、奥の書庫にかなり珍しい本が揃ってるらしいんです、興味があれば自由に覗いてくれていいと」
 円卓を半分に向こう側では、先程から「餃子&春巻きバトル」が繰り広げられている、それを完全に無視して活字好きの青年二人は、一夜の過ごし方を思案していた。

 三蔵が重い扉を開けるとそこはある種、別の世界だった。
 少し湿気を含んだ、紙とインクの香り。室内の明かりは、本の判別が出来る程度に落とされ、日焼けを防いでいる。
 大したモンだな…
 天井近くまである書棚を見上げて、息を吐いた。
 ゆっくりとした歩調で、本の間を縫っていく。そこには、桃源郷だけでなく異国の本も数多く揃っていた。目に留まった本を取り出して、めくってみる。場所を移動して、また同じ事をする。
 そうやって、あらかた書棚を回ってきた三蔵は、部屋の一角にある、小さな本棚に気付いた。
 それは、一目でわかる子供用の本棚。並んだ本の背表紙は、赤や黄色の明るい色ばかりだ。ふと、三蔵の指が、一冊の本を見つけた。取り出して数ページめくると、彼はその本だけを小脇に抱えて、書庫を後にした。

 部屋へ戻ると今夜の同室、養い子の姿がない。大方、風呂へでも行ったのだろう、露天風呂があると騒いでいたのを、思い出した。
 持ってきた本を脇に置き、結局自分は、新聞を広げた。ただ、その顔は本当に本当に、微かな笑みを湛えているような気がした。
「ふぇ〜参った。あれ、三蔵どこ行ってたんだよ、せっかく一緒に風呂行こうと思ってたのに」
「なんで俺が、お前と風呂に入らなけりゃならない」
 新聞の向こうの声は、普段と何ら変わらない。
「だって、露天風呂なんだぜ。めったにないじゃん……なんだけどさ」
 先程までの勢いが萎んでいくその声に、三蔵は新聞から目を離した。
「雨降られて、エライ目にあった」
 鼻の頭をかきながら笑う悟空を、呆れたように見て、三蔵は窓へ視線を移した。耳を澄ませば、確かに微かな雨音がする。
 眉間の皺を一本増やし、また新聞へ目を落とした。
「頭は、しっかり拭いとけ」
 たったそれだけの、けれど自分だけに向けられた言葉に、悟空は笑顔で頷いた。
 

「おい、用もねえのに目の前を、うろちょろするんじゃねえ」
「だぁーって、ヒマなんだもん。三蔵は新聞ばっかだし」
 俺一人でつまんねえ…ぶつぶつと小声で文句を言うのは、彼なりの予防線。本当は三蔵にくっつきたいが、飛んでくるハリセンを警戒しているのだ。
「そんなにヒマなら、隣行って河童とでも遊んでろ」
 これ以上は聞くのも面倒くさい。とは、建前。これで本当に悟空が隣へ行けば、機嫌は急降下である。が、それを知ってか知らずか、
「ダメ、さっき覗いたけど、八戒だけじゃなくて悟浄まで本読んでんの」
 そう言って、お手上げのポーズをとる。そして向けるのは、子犬のように期待に満ちた蜂蜜色の瞳。そんな瞳をされて、三蔵は内心でかなりうろたえた。表情はいたって冷静だが、悟空のあの瞳に自分が冷徹になり切れないのを、甚だ認めたくはないが自覚している。
 そして、さも仕方ないと言うように嘆息して、悟空を呼んだ。
「何、さんぞ♪」
 この解りすぎる反応には、思わず苦笑が漏れる。自分の隣へ嬉しそうに座る養い子の膝の上に、とさりと一冊の本が置かれた。
「ん?何これ、って絵本じゃんかよ。何だよ俺そんなガキじゃ……あれ?これ」
 見覚えのある表紙。中をめくれば悟空の顔が次第に、綻んでいく。
「覚えてる…三蔵が読んでくれた。山ねずみが作るホットケーキの話」
 そう言って見上げたその顔は、悟空に一番似合う笑顔。三蔵は目を細め、やおらその身体を引き寄せては、自分の膝上に横抱きにする。
 甘えるように擦り寄る、小さな胡桃色の頭を愛しげに梳いた。
「三蔵、いろんな本読んでくれたけど、この話が一番好き」
「お前、寺の裏の森に、卵探しに行ったもんな」
「うん……あ、ダメその先は」
「無いって、泣いて帰ってきた」
 思い出してほしくない事まで、三蔵はおかしそうに口にする。むうっと頬を膨らませて、彼を睨みつけるが、効果は別のところにあった。
 鼻の頭に降りてきた口唇に、ぴきりと固まった後ポンと音がしそうなほどに、朱く染まる顔。
「うう…」
 恥ずかしさと悔しさのない交ぜになった顔で、言葉に詰まる悟空を、普段では見ることが出来ない程の、穏やかな紫暗が見つめる。
 と、恥じらいに潤んだ蜂蜜色が、その紫暗に絡むと悪戯っぽく光った。
「読んで」
 しばし言葉を失った。無意識もここまで来ると、疑わしいものだと感じるくらいの色香に、三蔵は小さく息を吐き、そして本を受け取った。


 少し低い、けれど柔らかいその声が、最後の一文を読み終えると、
「ありがと、三蔵」
 三蔵の頬を、温かいものが掠めた。
「今日は最後まで、寝ないで起きてたな」
 まるで照れ隠しのような揶揄いの言葉に、腕の中の養い子は口を尖らす。そんな仕草にですら、愛しさが込み上げる。
 そして、最後に三蔵の口から零れた言葉に、悟空はこの日一番の大輪の笑顔を咲かせた。

「次の街に着いたら、喰いに行くか……ホットケーキ」




 えーテーマは「読書の秋」かな… 
 今回はがんばりました!遅刻ギリぢゃ無いです(自慢になんね)文中の絵本はアレです、皆さんも一度は読んだでしょう「ぐ○とぐら」
 あれ、大好きなんです♪森の動物たちとホットケーキ焼くお話と、サンタさんのクリスマスケーキ。悟空じゃないけど、どっちも食べたかった…
 秋の夜長、大好きな人といられれば、それだけで幸せ。
 …少しでも、感じていただけたでしょうか?
花淋拝

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