Marine Blue Marine



 暦の上の秋など、所詮は暦の上でしかない…
 
 近年にない程の猛暑となった今年は、とにかくどこに居ても暑かった。
 暑さ寒さを、さほど表情に出さない三蔵でさえも、真っ黒に日焼けしてプールへ向かう小学生が、本気で羨ましいと思ったくらいとにかく今年は暑かったのだ。
 そんな地獄の様な夏休みが明け、少なくとも大学に居る間は、冷房の効いた研究室から出なくて済む。行き帰りの僅かな時間をガマンすれば、この暑さもさすがに九月に入れば和らぐだろう。とは、三蔵でなくとも、誰もが考える当然の事と言えた。が、
 彼は今、夏の最後の足掻きとでも言おうか。焼け付くアスファルトの上を歩いていた。

「三蔵…暑い?」
「……」
「ねえ、三蔵ってば」
「暑いと分かってんなら、聞くな」
 言われると、沈黙が三蔵の隣を歩く少年を包み込んだ。
やっぱり…イヤだったよね
 小さく呟かれた言葉は、しかし三蔵の耳にはしっかりと届いていて、彼は少年に気付かれないように嘆息すると、僅かに顔をそちらに向けて、
「本当にイヤなら、絶対に来ねえよ」
 お前の誘いでもな。
 告げた自分を、驚いた様に見上げる少年の頭をくしゃりと撫でて、行くぞと先を促した。
 そうして少年の顔が、頭上の太陽よりも輝いたのを、三蔵は視界の隅に捉えるとその口角を微かに上げた。

 二人が訪れたのは、海辺の水族館だった。
 中へ入れば、心地よい冷気と僅かな磯の香りが漂う。夏休み明け最初の週末とあってか、館内は思ったほど混雑しているわけでもなく、薄暗い中に水槽の青がやけに明るく光っていた。
「悟空、そんなに夢中になってると、転ぶぞ」
「う…ん!うわっ」
 言われた傍からつまずいて、水槽に頭を打ち付ける寸前、伸びた腕はしっかりとその身を支えていた。
「何やってんだ、バカ」
「ご、めん」
 恥じらいながらその腕から抜け出す悟空に、小さく息を吐き三蔵は、
「慌てねえで、ゆっくり見てろ」
 放つ言葉はキツくてもどこか穏やかなそれに、悟空はこくんと頷きありがと、と呟いた。

「すげえな…どうやってここまで、運んでくんだろ」
 巨大な水槽を見上げながら、ひとり言の様な悟空のその言葉に、さあなとそっけなく答えてから、
「美味そうとか言うなよ」
 背後の聞き捨てならない言葉に、悟空は振り返って頬を膨らませた。
「い、言うわけないだろっ!」
 光源の乏しいその室内でも分かるくらいに、赤く染まった顔で睨まれても、あまり説得力はないが、あえて三蔵はそれを口にはしなかった。が、その口元に張り付いた揶揄うような微笑に、悟空は口を尖らせた。
 それから、取り留めのない会話を交わしながら、二人が足を踏み入れたところは、自分たちの頭の上をイルカの群れが泳ぎ回る、最近出来たばかりのメインフロアだった。
「う…わぁ」
 悟空の感嘆の声に、三蔵も少しは感情の動きがあったのか、優雅に泳ぐイルカを黙って見つめていた。
 上を向いたままの悟空は、大きな瞳を更に開いて流線美を追っている。
 無意識だろうが、その手が三蔵のシャツの裾を摘んだ。そんな子供のような仕草に、彼の目が細くなった。
 その途端、夢中でイルカを追っていた悟空の瞳が、三蔵を捉えた。不意の事で逸らす事も出来ずに、しばし見つめ合っていると、悟空は何も言わずにニッコリと笑うと、また視線を頭上へと戻した。


 水族館を出ると、辺りは黄昏色に染まり始め、海が近い所為か渡る風は昼間の暑さが嘘の様に、ひんやりとしていた。
 なんとなく、このまま真っ直ぐ帰るのが躊躇われて、二人はゆっくりと海岸へ足を伸ばした。
「寒くねえか」
「うん…」
 その会話を最後に、暫く何も言わずに並んで波うちを歩いていた。
 そして…
「俺は楽しかったけど…あのイルカたちは、なんか可哀想だ」
 そう呟いた悟空に、三蔵は何も答えずただ次の言葉を待った。
「…本当は、広い海がいいに決まってるよ…な」
 目の前には果てない大海原が、広がっている。
「お前が気にする事じゃねえだろ、楽しかったんならそれでいいじゃねえか」
 他人が聞けば冷たいと感じるその声音に、普段よりもずっと優しさがこもっているのを感じて、悟空は小さく笑った。
「うん…そだね」
 三蔵はポケットから煙草を取り出すと、カチリと火を点けライターをしまい込んだ。そうしてから、
「帰るぞ」
 手はそのまま、悟空へと伸ばされた。
「うんっ!」

 街灯の下を家路へ向かう。
 海辺の涼しさは無く、繋いだ掌がしっとりと熱を持つ。
「三蔵、今日はありがと。でも、ごめんな」
 隣り合う自宅の前で、俯き加減で添えられた謝罪の言葉には答えず、三蔵は悟空の頭に手を置く事で、少年に上を向かせた。
「来年は見に行くか…」
「え?見に、行く…って」
 大きな瞳が真っ直ぐに、三蔵を見上げる。
「海で泳ぐ、イルカ」
 途端、悟空の顔が綻び三蔵の背に腕を回して、縋りつくように抱きついた。
「ありがと…さんぞ」
 三蔵もそっと細いその身体を抱きしめ、胡桃色の髪に口唇を寄せた。

 いつもは日向くさい悟空の髪から、今日は少しだけ潮の香りがした。





遅刻ギリギリ常習者:花淋でございます(汗)
今回も、パラレルで参加させていただきました。設定は稚宅にある「小さな恋の物語」の、幼馴染という事で…
「テーマパーク」と言うと、水族館しか浮かばないほど、花淋は水族館大好きです♪
ラブラブ水族館デートo(≧▽≦)o…と、少しでも感じていただければ幸いです。

花淋拝

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