還る場所はたった一つ ―――― 今までも、これからも… それは本当に珍しい事だったから、本人ですら状況を飲み込むまでに、暫しの間を要した。 瞬きをする度に、頭に掛かっていた霞が晴れていき、一点の曇りも無く覚醒した途端、悟空の心臓が大きく跳ねた。 上がりそうになる声を慌てて飲み込み、そーっとそっと顔を動かして見上げれば、夜の闇にも負けない金糸に縁取られた端正な顔。 そして思い出すのは、数刻前の濃密な時間。 口付けに酔わされ、愛撫に狂わされ、共に駆け上った極みに涙が溢れた。 「さんぞぉ」 吐息だけで、自分が溺れた男の名を呼んでみる。 普段、感情を表に出さないその人が、悟空を抱く時にだけ見せる激しいまでの熱情。 口付けも、触れる手も、囁く声すら焼け付くような熱さを孕んで、自分を翻弄する。悟空は与えられるもの全てをその内に残そうと、身体を開き三蔵の名を繰り返しては縋りつく。 髪の毛一筋、細胞の一つまで彼で満たしてほしい。 願わずには居られない。 三蔵が存在しなければ、自分は生きてはいけない ―――― 格子を挟んだ光と闇の中で出逢った時から、流れ始めた二人の時間。 それは孤独に震えた永き時間を容易く凌駕して、鮮やかな世界を悟空に与えてくれた。 昏い岩屋の中では解らなかった多くの事を、三蔵から学んだ。 新しい自分を一つ発見する度に、あの五百年の封印が、三蔵と出逢うためであったと思える程に。 悟空はゆっくりと身体の向きを変え、三蔵を真正面に見つめた。 本当に綺麗な人だと思う。 いつだったかそのままを言葉にしたら、『男が綺麗だと言われても、嬉しくもなんとも無い』と、返されたがこの二文字が、三蔵以上に当てはまるものを悟空は今まで見た事が無い。 「ホントに、綺麗なのに…」 小さく呟いてみる。 月光に照らされた白磁のような肌は冷たい印象を与えるが、その内に燃えさかる熱を秘めている事を自分だけは知っている。 くすりと笑ってその胸に擦り寄ってみた。頬から伝わる温かさが緩やかに伝わる。 「ニヤけ面」 その時、突然降ってきた低い声に、全身が固まった。 それからぎこちない動作で悟空が顔を上げれば、その先に在るのは何よりも美しい紫暗の瞳。 「さ、ん、ぞ…」 上ずった声で漸くその名を口にすると、三蔵はその口角を微かに上げた。 「…何時から、起きて、たの」 恥ずかしさで一杯の悟空は夜目にも解るほどその頬を朱く染め、蜂蜜色の瞳が僅かに潤んだ。 「さあな…」 あっさりと告げて、三蔵は悟空を抱いたまま身体を動かした。 「わっ」 仰向けになった三蔵の胸に半分乗り上げるような形になって、悟空は慌てて身体を起こそうとする。が、それを許さないとばかりに、三蔵は腕の力を強めた。 「三蔵…」 返事は無く、けれど伝わる彼の鼓動を聞く内にとろりと微睡みが誘う。 「何を考えてた」 不意に掛けられた言葉に、悟空は眠りの淵から連れ戻された。顔を上げれば射抜くような、それでいて柔らかい三蔵の眼差し。 「え、と…」 躊躇って、しかし観念したように、 「綺麗だなぁ…って」 尻すぼみになったのは、それに対しての三蔵の反応が容易に想像できるから、そして期待(?)通りに三蔵は片眉を上げた。 「またか」 「うう…だって」 本当に綺麗なんだもん。 音にならない最後の言葉さえ彼には伝わってしまう。 それは、三蔵にしか聞こえない悟空の心の声。 俺に言わせりゃ、お前の方がよっぽど綺麗だろ ―――― 決して口にはしないけれど、三蔵は初めて悟空を見た時からそう思っていた。 薄暗い岩屋の中で一際輝く金の瞳。清らかな真白の魂(こころ)。 先に魅かれたのは…自分 ―――― 告げられる事の無い三蔵の本心。 「涌いてんな…」 「え?なに」 自嘲気味に呟いた声は悟空の耳に入り、その蜂蜜色の瞳が三蔵を見つめた。 出逢った頃から、変わる事無く真っ直ぐに自分を見つめる瞳。そのあまりに純粋な視線に、一度は悟空を拒絶した。欲に染まった自分に縛り付けたくなくて… けれど、養い子は自分の傍に居る事を望んだ。それがどんな意味を持つのか、悟空には解っていたのだろうか。 ぼんやりと泳いでいた思考が引き戻され、三蔵は露骨に顔を歪めた。 「何してやがる…」 「三蔵が俺のこと見てくれないから」 圧し掛かって顔の脇に両手を着いた悟空は、三蔵を覗き込んでいた。 「こうしてれば、俺以外見えないだろ」 三蔵の後を泣きながら追いかけていた、幼子はもう居ない ―――― 「言うようになったな猿……まだ、足りねぇのか」 埒もなく言い放つと、僅かに腰を揺らめかせた。 途端に、悟空の身体が跳ねる。 「ぅ…や……ぁ」 逃げようとした身体はあっさりと三蔵に捕まり、そのまま身体を入れ替えられる。三蔵はくっと喉を鳴らした。 「夜中に起きちまうくらいだ、足りねぇんだよなぁ…悟空」 抵抗が止んだのは自分を呼んだその声が、いつになく優しい響きを持っていたから。 「さんぞ…」 そして、穏やかな紫暗に映る自分は、とても嬉しそうだ。 悟空はゆっくりと三蔵の髪に指を絡めた。 「やっぱ、緊張する?」 悪戯っぽく光る金瞳に、その口角を上げ、 「な訳ねぇだろ」 片手で額に掛かる胡桃色の髪をかき上げてやった。悟空はくすくすと笑いを漏らす。 「そだよな、何も変わんない ―――― 勝つのは俺たちだもん」 「大した自信だな」 「三蔵だって」 金糸を弄んでいた指が首に回って引き寄せられる。 「負けるつもりなんか、これっぽちも無いくせに」 耳元で悟空に囁かれ、三蔵は苦く笑った。 「当たり前だ」 「うん……んぅ」 耳の後ろに押し付けられた熱い感触に、背筋が痺れた。燻っていた火種が、ゆっくりと熱を上げる。 縋るように抱きつく腕に力を入れれば、同じだけ抱きしめられた。 互いの体温が交じり合って蕩けていく中、不意に悟空が彼を呼んだ。 「三蔵…さんぞ」 「なんだ」 埋めていた顔を上げれば、熱に流されそうな潤んだ金瞳を、どうにか堪えて三蔵を見上げていた。 「明日…全部が終わっても・・一緒に、居られる…よね」 その真摯な眼差しに、息を呑んだ。 はぐらかす言葉はいくらでもあった。 ハリセンを振るう事だって出来たはずだ。 しかし、そのどちらも実行できずに、三蔵はじっと悟空を見つめた。 暫くして沈黙が降りた部屋に響くのは、いつもと変わらない心地よいテノール。 「負ける気なんかねぇんだろ」 そう言って三蔵は不敵に笑った。 そう、何も変わりはしない。 戦って 勝って 明日が終われば、待っているのは ―――― 今までと同じだけ、騒がしく始まる… 東への旅。 テーマ…「一緒の時間」「未来予想図」ごちゃ混ぜだけど、7:3くらいで「一緒の時間」 とうとう、この企画も今回でラストなんですね(涙) 思い返しても、あっという間の一年間でした。 毎回毎回、遅刻ぎりぎりで、主催者様には本当にご面倒をかけてばかりでした。 唯一は、全部のテーマに投稿できた事。これだけは花淋がんばりました! 本当に、楽しくて幸せな一年間でした。 さあ皆様!これからも三空を愛でていこうぢゃありませんかっ!! 一年間、花淋の駄文にお付き合い、ありがとうございました。 皆様を、ほんのちょっぴりでもHappyな気持ちにできたら、それが一番嬉しいです! 2005年5月 花淋拝
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