貴方がくれるものは、何だって俺の宝物。

 でも、貴方は知らない。その中でも飛び切りの、一番大切な「俺の宝物」



貴方が僕にくれたモノ



 寒さがいつまでも尾を引いて、花の蕾は身を固くしてそれに耐えていた。
「今年はいつまでも寒いですね」
 ぼんやりと外を眺める少年の先に、温かい紅茶のカップを差し出して、八戒は椅子を引き寄せた。
「今年は間に合わないかな…」
 窓ガラス一枚隔てた外は、寒風が我が物顔で吹き荒れていた。
「この風がきっと最後ですよ」
「最後?」
「ええ、春風になれなかった風が、怒ってるんです」
 そんな子供だましの説明。少年は曖昧に笑って、けれど八戒の優しさはじわりと胸を暖かくした。
「そういえばもう直ぐですね、悟空の誕生日」
 話の矛先が急に変わって、悟空はきょとんと金瞳を丸くした。
「今年はどんな風にお祝いしましょうか」
 旅の途中で大した事は出来ませんけど。と、続いた言葉に、
「じゃ、今度の街でマンゴープリン!八戒が作ったやつ」
 笑顔で強請る悟空に、自然と八戒も笑みが漏れる。
「それじゃ、とびきりのやつを作りましょうね」
「ヤタッ!」
 そんな小さな約束を、部屋の隅でのんびりと聞いていた赤髪の青年は、ぽかりと紫煙を宙へ吐き出し、それから悪戯を思い出したようにニヤリと笑って、彼らの話に首を突っ込んだ。
「お前、三蔵からプレゼント貰ってんの?」
「え?」
 悟浄の言葉に悟空は一瞬返事につまり、それから…
「貰ったよ」
 とてもとても幸せそうに笑った。






 廊下のざわめきが近付いてくる。
 あからさまに顔を歪めて、その金の人は筆を置いて立ち上がり、扉の前に移動した。刹那 ――――
「さんぞーっ!」
「喧しいっ!」
 声が早いか衝撃が早いか。
 とにかく、部屋の中に乾いた音が響き、次いでドシンと床が鳴る。
「いっ、いてぇ…」
 頭とお尻の両方を撫で擦り、涙の滲んだ金瞳を恨めしそうに向けた。
「何度言えば、お前のその頭は理解すんだ。廊下は走るな。部屋へ入るときはノックしろ」
「だって…」
「言い訳は聞かねぇ。こういう時は何て言うんだ」
 パシンと手の中でハリセンが鳴った。尻もちを着いた少年は渋々立ち上がり、
「…ごめんなさい」
 と、しょぼくれた声を出した。
 うなだれた少年の姿に、鼻を鳴らして執務机に戻った三蔵は煙草を咥え。
「で、今度は何だ」
 一息吸い込んで少年を見やった。
「あのさ…俺の誕生日っていつ?」
「は…」
 奇妙な間が二人の間を流れ、それから少年が三蔵の元へ歩み寄った。
「さっき、坊さんたちが話してたんだ。もう直ぐ誕生日だって。誕生日ってこの前やった、三蔵のお祝いの事だろ。俺にもある?いつが俺の誕生日?なぁ三蔵」
 矢継ぎ早の言葉に、数瞬理解が遅れた。目の前の養い子は、金瞳に悲愴な色を漂わせて、自分を覗き込んでいる。
「ちょっと待て、何で俺がお前の誕生日を知ってんだ。そんなモンお前の方が分かってんだろ、自分の事なんだから」
 勢いに任せていった自分の言葉に、さっと金の双眸に影が落ちた。
「…悟空」
「だ、って…知らないんだもん…俺、知らない。誕生日なんて…」
 お前が知らないのに、俺に分かる訳ねぇ。そう言おうとして息を吸い込み、ぴたりと止まった。
 悟空の瞳に湧き上がった涙は、正に零れる寸前。咄嗟にかけてやる言葉が浮かばなかった。その間に悟空はくるりと身を翻し、早足で執務室を出て行く。締まった扉の向こうに遠ざかる足音に、三蔵は詰めていた息を吐き出し、ちくりと痛んだ胸に手をやった。
「ったく、なんて厄介なんだ…」
 灰皿の中ですっかり短くなってしまった煙草をもみ消し、三蔵はゆっくりと席を立った。


 あてがった部屋に悟空の姿は無かった。仕方なく三蔵は踵を返すと、渡りの回廊から裏庭へと出て行った。
 闇がせまった黄昏時、姿無き声を頼りに確かな足取りで歩を進める。
 出逢う前から、自分だけが聞く事の出来るその声。三蔵の都合などお構い無しに、一途に慕い、乞い、己を呼ぶ。すっかり馴染んでしまった悟空の声。
 そして見つけた養い子は、小さな身体を更に丸めて蹲っていた。
「いつまで泣いてんだ」
 こんな時にかける言葉でない事は分かっている。性分だと割り切っていても、恨めしい気持ちになる。
 蹲る小さな身体の隣に腰を下ろして、柔らかいその髪に手を置いたのは、三蔵の精一杯の優しさだ。
「…ごめん、な…さい」
 その優しさが分かっているからこそ、悟空はもそりと涙に濡れた顔を上げた。
「別にお祝いをして欲しくて、聞いたんじゃないんだ」
 美味い飯は喰いたいけど。ポツリと呟いた最後の言葉が悟空らしくて、三蔵は目を細めた。
「ただ、誕生日って特別な日みたいで…」
 悟空のいう事は分からないでもない。一般に誕生日と言えば、人がこの世に生を受けた日だ。けれど、自分の誕生日はそうではない。あれは、師が自分を見つけてくれた日。
 三蔵もまた、自分が生を受けた日を知らない。だから三蔵にとって誕生日が特別なわけではない、「師に出逢えた」というその日が、特別なのだ。
「誕生日が特別かどうかは、人それぞれだろ」
「うん…そ、だけど」
「俺の誕生日だって、俺が生まれた日な訳じゃねぇ」
「でも、俺にとって三蔵の誕生日は特別だよ。三蔵が居なかったら、俺は見つけてもらえなかった」
 まだ赤みの残る金瞳が見上げる、深い紫暗はじっと悟空を見つめていた。そして小さく息を吐く。
「一年前だ…喧しく呼ぶお前を、一年前の今日俺は見つけた」
「大切な日だよ。一人ぼっちじゃなくなった日だから」
 まろやかな頬に笑みを浮かべた悟空を、少しだけ引き寄せた三蔵は、
「その大切な日に名前をつけてやるよ」
 ゆっくりと胡桃色の髪を梳きはじめ、悟空は小さく首を傾げた。
「俺とお前が出逢った日。それが『悟空の誕生日』だ」
 息を呑んで悟空が金瞳を見開いた。それが見る間に潤みだし、透明な雫が幾つも幾つも零れ落ちた。
「……ん、ぞぉ」
 言葉は続かず、悟空はただ三蔵に縋りつき、その法衣を濡らした。
 三蔵はゆっくりと悟空の背を撫で、桜の花弁が舞い散る優しい風が、いつまでも二人を包み込んでいた。






「どうしましょう、起こすのは可哀想ですねぇ」
 他愛の無い会話の途中、ことりとテーブルに頭が落ちた悟空の寝顔は、いつにも増して幸せそうに見えた。
「ニヤけた面しやがって」
 そんな言葉を吐く悟浄の顔でさえもひどく穏やかで、八戒は悟空が自分たちに与えてくれるものの、大きさを感じる。
「このままには出来ませんよね、三蔵呼んで来ます」
「ああ、いいよ八戒、俺が」
 悟浄の取った行動に少し驚いて、次の瞬間、八戒は柔らかく微笑んだ。
「僕、ここを片付けますから、お願いしますね」
「りょーかい」
 悟空を抱え上げて、悟浄は部屋を出た。

「三蔵、ここ開けろ」
 廊下から聞こえるその声に、三蔵は苛ついた様に返事をした。
「ふざけんな、てめぇで開けやがれ」
「いいから開けろって、両手が塞がってんだよ」
 そのいかにも声を抑えた悟浄の声に、舌打ちを一つして面倒臭そうに扉を開いた。
「ほい」
「なんだそれは」
「ご挨拶だな、わざわざ届けてやったのによ。三蔵様のモンだろ、後の始末は飼い主がやれよ」
 悟空が起きていれば、怒りに喚き散らしそうな会話を呑気に続け、悟浄から渋々その軽い身体を受け取った。
「今度の街は、パーティーだってよ」
「んな、くだらねぇ事するつもりはねぇぞ」
「ちったぁ、素直になれよ。猿が楽しみにしてんの、お前が一番よく知ってんだろ」
「一年の内の一日だろ」
「その一日に、意味を与えてやったのは三蔵様だろ」
 その声はいつもの茶化したような響きだったけれど、悟浄がなにを言いたいのか、三蔵には朧げに分かっていた。
「別に変わった事をしてやらなくたって、お前が居りゃいいんだからよ」
 言うだけ言って、悟浄はヒラヒラと手を振りながら、隣へ帰っていき、三蔵は反論のタイミングを逃し、腕の中で静かな寝息を零す悟空を見下ろした。
 一年の中の一日。その一日に特別な意味を与えた。
 「悟空の誕生日」
 その日だけは、悟空の我が侭を聞いてやった。
 毎年、悟空の願いは「三蔵が自分と一緒にその日を過してくれる事」。だからどんなに忙しくても、その日だけは執務を放棄した。
 多分、悟空以上に自分はその日を「特別」としたのだ。
 何故なのか…もう、きっと三蔵には解っている。

 あの日、自分が出逢ったのは、悟空という「特別」。
「さん、ぞ…」
 擦り寄る悟空を見る眼差しは、慈しみに溢れ。今は瞼に隠れた、金の双眸だけが自分を満たし、強くさせる。
「どうせいつもと同じ大騒ぎなんだ、好きにさせてやるよ」
 願う事も叶えてやる事も毎年同じ。

 悟空から伝わる温もりに、今年はその「特別」にもう少し、意味を持たせたやろうか。そんならしくもない事を考えながら、三蔵はゆっくりと眠りの淵を降りて行った。








あ゙あ゙、またしても遅刻ぎり…
もう、いい訳も浮かびません(泣)
三蔵様が悟空に上げた最初のプレゼントが「誕生日」なんて事を
思ってしまったので…
少しでも楽しんでいただけたら、是幸い

花淋拝


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