| 悪い事をしたら「ごめんなさい」 何かをしてもらったら「ありがとう」 三蔵が俺に教えてくれた。 だから ―――― 三蔵が「ごめん」って言うまで、俺、許してあげない。 かわいいかくれんぼ
「八戒悟浄、俺家出してきた!」 怒っているような、しょげている様な、意地になったその顔に、突然の訪問を受けた年上の友人は、互いに苦笑いを浮かべて少年を招き入れた。 「で、約束を守らなかった三蔵に腹を立てて、家出してきたわけですか」 「うん、書置きして」 「書置き?」 「実家に帰らせていただきます。って書いてきた」 ずらり並んだ卓上の菓子を、頬張りながら話す悟空の締めの言葉に、八戒は隣に座る赤髪の青年を、呆れたように見つめた。 「ホントに書くか?フツー」 「悟空は書きますよ」 ポリポリと鼻の頭をかいて悟浄は肩を竦めた。 「とにかく、三蔵が謝るまで、俺帰らないって決めたから。八戒悟浄、お世話になります」 この状況でのなんとなく場違いな悟空の礼儀正しさに、乾いた笑いを浮かべながら、 「仕方ない…ですかねぇ」 「カンベンしろよ…」 けれど、それが二人の運のつき ―――― 早ければその日の夜。遅くても翌朝には、渋々迎えに来るだろうと踏んでいた二人の思惑は、ものの見事にはずれ四日目の朝。 「おはよーさん」 「おはようございます悟浄」 長い髪を鬱陶しげにかき上げ、出された濃い目のコーヒーは好みの味。香りと苦味を楽しんで、ふとリビングが静かなのに気付いた。 「猿は?」 「まだ、寝てます」 八戒は自分のマグカップを持って悟浄の前に座ると、 「起こしに行ったんですが、起こせませんでした」 そう言って、小さなため息を吐いた。弄んでいたライターをことりとテーブルに置いて、悟浄が先を促す。 「頬に涙の後がくっきり…」 八戒の言葉に、大きく天を仰いだ悟浄の口からも、盛大なため息が漏れた。 道行く人が彼の何メートルも手前で立ち止まり、ある人はくるりと元来た道を引き返し、ある人は逃げるように隅を走り抜ける。 大よそ身にまとう装束とは正反対の空気を纏って、彼は黙々と歩を進めていた。 肩に佇む有翼の友人によって届けられた八戒の手紙には、悟空の機嫌を直したいなら家へ来い、としたためてあった。 希代の最高僧を手紙一枚で呼び出した青年の企みに、三蔵は苦虫を噛み潰し、けれどこの状況を抜け出すには他に方法がないと察して、甚だ不本意ではあるが彼らの家を目指した。 無論、本日の仕事は放り出され、背後の僧徒の声に聞く耳も持たない。 何だってこの俺が。と言う気持ちと認めたくは無いが、悟空を心配する気持ち。天秤にかけると後者の方が重い。 飛び出したまま帰らないくせに、頭に響いてくる姿無き声は日に日に悲しみを深くして、三蔵を苛んだ。 迎えに行くのは、しみったれた声を聞くのにウンザリしたからだ。 無理やりに自分を納得させて、しかし本人も気付かぬほどその歩調は常に無く早いものだった。 ぼんやりと窓の外を眺めながら、悟空は今日何度目かのため息を吐いた。 勢いで飛び出してきた事を今頃になって後悔する。あの三蔵が自分を迎えになど来るはずも無い、しかし自分から帰るのは負けたようで面白くない。けれど全身を覆うのは会えない寂しさ。 「さんぞぉ〜」 くしっと鼻をすすって、その途端、悟空は全身を硬直させた。 まだかなり遠くだけれど、コチラへ向かってくるのは今の今まで思考を占領していた、大好きな人。 一瞬で雲が晴れたように心が明るくなった。が、はたと気付いてくるりと窓から離れた。 「八戒、俺は居ないからね!」 「悟空?」 返事も聞かずにリビングを飛び出した少年と、窓の外に見えた人影を見て、八戒の口元に浮かんだ笑みは穏やかで不穏。 「いらっしゃいませ、三蔵。悟空なら留守ですよ」 緑茶の湯飲みを差し出されて、三蔵はそれには目もくれずに、 「何を企んでやがる」 地を這うような声音も、三日月眉の青年には何の効果も無く、そんなに慌てないで。などとあしらわれる始末。 一枚の便箋を見せられ、 「僕の言葉に、書いてあるように応えてくださいね」 読むだけですから。と言われ、内容を目視した三蔵の顔が諦めた色になるのを、八戒は何食わぬ顔で見つめていた。 【悟空も悟浄も居ませんから、ゆっくりしてくださいね】 【………】 リビングの外で、小さく蹲るそのイキモノは中からの声を、聞き漏らすまいと懸命に耳をそばだてていた。 二人の表情はもちろん確認できないが、声を聞いている限りとても楽しそうで、悟空の中に言い知れぬ不安が頭をもたげる。 その時、聞こえてきた二人の会話に、悟空は全身の血が凍るほどの衝撃を受けた。 【比べて見ませんか?僕と悟空。今は誰も居ませんし】 俺と八戒を比べるって…何を比べるの、三蔵?そして、三蔵の答えが返る。 【そうだな、猿よりお前のほうが、楽しめそうだ】 楽しむって何を?八戒と何をするの… 三蔵を、取られる… 身体が震えた。悲しみでいっぱいになった。悟空は勢いよく扉を開けて、 「ヤダ…やめ、て」 喉を鳴らして、二人を見た。 「さん、ぞ…ごめんな…さい…おれ…ヒック…きら、い…ふえ…ないで」 「悟空?」 「は…かい…おねがい…から、さんぞ…とらない…取らない、で……キライ…なんな、いで…お願い、さんぞぉ…」 ポロポロと大粒の涙を零しながら、縋り付いてくる悟空を三蔵は隠すように抱きしめ、八戒は足音を忍ばせてリビングを後にした。 廊下へ出ればいつから居たのか、悟浄が咥え煙草で壁に寄りかかり、出てきた八戒に片目を瞑って見せた。 「さんぞ…も、わがまま…言わな…から……だから、俺…こと、キライ…ないで」 「んな事、一言も言ってねぇだろ」 呟いて細い身体を抱き上げると、向かい合うように座らせる。 泣きはらした瞼に口付けを一つ。涙を吸い取って、濡れた頬にまた一つ。 泣いて赤くなった、小さな鼻の頭にチュッと音を立ててキス。 「ごめんなさい…」 「悪いのは俺の方だろ」 「でも…我が侭言ったのは、俺だもん」 「約束を守らなかったのは俺だ」 たくさんのキスの合間に、互いを労わる囁き。 啄ばむようなバードキスに熱が篭って、最後に触れ合った口唇は熱く蕩けるように甘い。 名残惜しげに離れると、すっかり身体の力を無くした悟空を、三蔵は愛しげに抱きしめた。 その腕の中で、悟空がくすりと笑みを零す。 「仲直りだね」 そんな呟きに三蔵もまた、 「そうだな」 口の端を僅かに上げた。 「八戒、悟浄、迷惑かけてごめんなさい。お世話になりました」 玄関先でちょこんと頭を下げた悟空に、 「また、遊びに来てくださいね」 「三蔵さまにつれなくされたら、いつでも来いよ」 その言葉が言い終わらない内に、 「思い出した」 言うが早いか、あたりに響き渡る派手な銃声。 その全てを、寸ででかわした悟浄。 「何しやがるっ!鬼畜坊主が」 「喧しい!猿に余計な事吹き込んでんじゃねぇ」 いきなり始まったそれに呆気に取られていた悟空は、尚も狙いをつける三蔵の法衣をくいっと引っ張った。 「さんぞ、帰ろう」 途端、空気が一変する。 大仰に舌打ちして、銃を懐に収めると悟空の腕を掴んで、三蔵は歩き出した。 引きずられる様にその後を行く悟空は、首を捻って振り返ると、半ば唖然と見送る二人に小さく手を振った。 「何と言うか…」 「猿の方が、一枚上手?」 「…かもしれませんね」 そんな二人の呟きは無論三蔵に届くわけも無く、それから数日たった頃、賑わう街の通りを笑顔の少年に手を引かれて歩く、まんざらでもない最高僧様の姿があった。 |
テーマ「(仲直りの)キス」
の割りに、キスシーンちょびっと(滝汗)どうしよう??
テーマに沿って書くのは、大変な事だと改めて痛感
面目ない…とほほ
花淋