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たった一言で、貴方は俺の決意を変えてしまう…
ズルイヒト
岩肌の僅かな窪みには、ずっと沈黙が下りたままだった。視線の先には、雨にけぶる森。
こんな時、自分は思い知らされる。他人なのだと…
今はただ、目的の為だけに共に居るだけだ。
― デハ、目的ヲ果タシタ、後ハ…傍ニ、居ラレナイ?
自分の陥った負の思考に、悟空はぶるりと身体を振るわせた。
「悟空?寒いんですか」
こんな時、最初に声を掛けてくれるのは、翡翠の優しい眼差しで、決して貴方では無い事は分かっているのに…やっぱりツライ。
「へ…き、だよ…」
自分はとてもガキで、巧く誤魔化す事が出来ない。そして翡翠の瞳は、それすらも分かっている様に、言葉を綴るのだ。
「だいぶ空が明るくなってきましたから、止むのはもう直ぐですよ」
「うん…」
俯き加減で返事をしてまた外を見る。背後の視線に、気付いてないわけでは無い、でも振り向けないでいる自分。
― 貴方ハ、ズルイ…
何も言ってはくれないのに。
黙って、自分を見ているだけなのに。
その視線に、耐えられなくなったのは悟空。
パシャンと、水の弾ける音がした。
「悟空!濡れますよ」
「大丈夫だよ、もう止んでる。すぐ、戻ってくるから」
尚も背後で自分を呼ぶ声がしたが、悟空はそのまま走り出した。
木々の向こうへと消えた少年が、何を思っていたのか…少なからず想像のついた彼は、岩場の奥で傍観者を決め込んでいた、有髪の最高僧に向き直った。
「悟空を連れてきて下さい。声が聞こえるのは、貴方だけなんですから、三蔵」
その翡翠の奥に、笑みは無い。黙って事の成り行きを見ていた、悟浄は背中に冷たいものが流れるのを感じた。
【八戒…マジ、怖すぎだって】
三蔵は咥えていた煙草を踏み消すと、黙ってその場を後にした。見送った八戒は、三蔵の姿が見えなくなると、悟浄を振り返り小さく肩を竦めて見せた。
「あれは、直らないですかねえ」
「多分な…」
諦めにも似た問いかけに、予想していた答えが返ると、さすがの八戒も苦笑いを浮かべた。
木立を抜けて僅かに開けた場所、悟空は空を見上げていた。雨は降っているのに、気の早い太陽は、雲の間から顔を覗かせていた。
「太陽が…泣いてるみたいだ」
それが想い人と重なって、思わず唇を噛んだ。
― 俺ジャ、ダメナノ…
気持ちが大きくなればなるほど、距離を感じてしまう。それは遠くなるばかりで、どんなに足掻いても、近くはならない。
「もう…止めちゃおっかな…」
三蔵を好きになるの。
しかし、最後の言葉を口には出来なかった。出来るわけがない、彼の傍を離れて生きていく事など、自分には考えられないのだから。
「どうしよう…どうすればいいのかな、俺」
「傍に居りゃいいんだよ」
気配もなく背後から伸びた腕に、悟空は容易く抱きしめられた。暴れる心をどうにか押さえ込み、彼は非難の声を上げる。
「…ズルイ」
返事はなく、先よりも戒める腕が強くなった。
「後ろからなんて、卑怯だ」
「お前がニブイだけだ」
笑いを堪えたような声に、怒った悟空が向き直って、三蔵を睨みつける。
「三蔵は、ズルイ…何にも言って…くれないのに…なのに、こんな風…優しく…っん」
抗議の言葉は、降り注ぐ口付けの雨に消され、後には続かない。
額に、両の瞼に、頬に、鼻の頭に、余すとこなく口付けられて、涙を滲ませた金瞳が怒ったように笑った。
「ズルイ……傍に、居たい…」
「居ろよ…変な気なんか使わねえで、ただ傍に居りゃいいんだよ」
荒い言葉の中に隠れた、彼の優しさと寂しさ、決して「居て欲しい」とは言わないのだ。そんな、三蔵を可愛いと思った。もちろん、口には出さないけれど…
「やっぱ…三蔵って、ズルイ」
そんな事を呟いて、彼の首に腕を回せば、三蔵はゆっくりと悟空の口唇を塞いだ。
― 貴方ハ、ズルイ…デモ、ソンナ貴方ガ大好キ

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