67) 二人 

 シトシト、シトシト……
 
 窓枠に切り取られた空は灰色。庭の紫陽花もこの長雨で、花も葉も重そうに見える。
「昨日も雨、今日も雨…明日も、雨かなぁ」
 雨は苦手だ。嫌いではない、「苦手」なだけだ。以前は「嫌い」だったのだ。何よりも大切で、誰よりも大好きな人の瞳が、雨の季節だけは自分を見てくれなかったから。
 でも今は――――今もやっぱり、あの人は不機嫌だけれど。
「ちゃんと俺の声を聞いてくれるから」
 嫌いじゃなくて、苦手なだけ。

 シトシト、シトシト……

 雨は嫌いだ。
 部屋中がじっとりとして、書類さえ重く感じる。換気に開けた窓からは雨の匂い。頭に響くのは猿の声。
「うるせぇ、な…」
 呟く声は、けして厳しくはない。筆を置いて煙草を咥え思い切り肺に吸い込んで、吐き出しながら肩の力を抜いた。
 隣部屋の気配は動く様子を見せない。
「寝てんのか」
 一人ごちて灰を落とす。ついでに落とした視線の先には処理済の書類の山。
 そういえば、と思う。
 雨の日に執務をこなすなど、以前の自分では考えられなかった。
 ほんの少しの特別は、世界だけでなく己をも変えた。
「変わらねぇ奴も、居るけどな」
 視線の先の扉は、きっともうすぐ開くはず。
 そして戸惑いを含んだ金瞳が、上目越しにこう言うのだ。
「三蔵…そっち行っても、いい?」
 口の端を上げて、また煙草を咥える。
 雨は今でも嫌いだが、こんな風に穏やかな時間を過すのは、悪くないと思えた。

 シトシト、シトシト……

「もうちょっとしたら、三蔵んトコ行ってみようかなぁ」
 少しだけ明るくなった空を見上げて、悟空が呟く。

「たまには、飯でも喰いに行くか」
 雨が上がったら。と、自分に条件をつけて三蔵が呟く。

 ピチョン、ピチョン……

「三蔵!」
「おい、悟空」

 雨上がりの道に並んで伸びる影二つ。
 灰色の空の隙間から顔を出した夕焼けは、いつもより澄んで綺麗に見えた。


おわっとけ


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日記小話加筆修正
花淋拝

   


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