54) 表情 

 悟空が言うには、三蔵も意外と笑う。らしい―――
って、言ってもなあ、アイツの笑顔なんてのは、想像もつかねえよ。そう零せば、
「その前に、僕らの前では絶対に笑いませんよ」
 八戒の言葉に、もっともだと納得。
「最高僧様のありがたい笑顔は、小猿限定っしょ」
「でも、悟空だけが知らない、三蔵の顔がありますよね」
「猿の知らない顔〜ぉ」
 頓狂な声を出した俺に、ほらあの時。と、八戒は話し始めた。


「おはようございます」
「っはよーさん」
 身支度を済ませて階下の食堂へ降りていけば、そこには一人だけ。
 悠々と煙草を燻らせた最高僧様が、新聞を広げていた。
「三蔵だけですか、悟空は?」
 席に着きながらの八戒の問いかけに、
「まだ寝てる」
 と、たった一言。
 何故?とは聞かねえ、分かりきってるからな。それ以上の詮索は鉛玉の標的になるだけだ。
 八戒曰く、それは単なる照れ隠しだと言うが、こっちの身が持たねえよ。
「じゃ、朝食の前に先のルート決めちゃいましょうか」
 テーブルに地図を広げた八戒。俺と奴は黙ってそれに視線を落とした。

「天気も持ちそうですし、西からの邪魔が入らないうちに進めるだけ進むように、買出しは多めにしておきましょうか?」
「そうだな」
 テーブルの上を片付けながら、話をまとめ
「さてと、そろそろ悟空を起こした方がいいですね」
「…煩せえ、な」
「え?」
 少しずれた三蔵の言葉に、八戒と俺は奴の顔を伺った。
 その視線を全く気にもせずに、三蔵は席を立つとそのまま食堂を後にする。
 黙ってそれを見送ったのは、言葉とは逆に最高僧が纏う空気が柔らかだったからだ。
「呼ばれたな」
「ですね」
 姿が見えなくなって、俺たちは互いに顔を見合わせ笑い合った。


 呼ばれたから――――

 初めてそれを聞いた時、にわかには信じられなかったが、今じゃすっかり日常の一部になっている。三蔵だけに聞こえる悟空の特別な声。
「三蔵は気付いてるんですかねえ」
「あん?」
「悟空に呼ばれた時の、三蔵の表情」
「ああ、目がなぁ〜」
「ええ」
 硬質で怜悧なあの紫暗に、暖かい陽が宿る瞬間。
 たった一人の存在の為だけに、アイツは氷の仮面を脱ぐんだ。
「なんたって、あの面倒くさがりの三蔵サマを動かすんだから、猿も意外とやるよな」
「あはは、身も蓋も無いですねえ」

 一人ぼっちにされて拗ねた小さな恋人を、一体どんな風に慰めているのか。
 残された俺たちは、今日一日の揶揄いネタを思って、満面の笑みを浮かべた。




おわっとけ


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悟空が出てこない三空。
あてられっぱなしのお二人さん、意外とその状況を楽しんでいるようですvv
花淋拝

   


使用素材 : 【自然いっぱいの素材集】